リード
7月11日、モンゴルの首都ウランバートル郊外の競馬場は、国民の大祭「ナーダム」の開幕で一年で最も賑わう日を迎えた。この日、議会の126人の議員や政府メンバーが家族連れで姿を見せ、外国の外交団も正装して席に着いた[1]。競馬の発走が天候で遅れ、正午になってようやく雄馬の一斉競走が始まる中、場外では酔った若者が馬から転げ落ちる騒ぎもあった[2][3]。伝統格闘技ブフの土俵では、夕方5時半までに上位陣の取りこぼしが相次いだ[4]。馬を愛でる遊牧の伝統と、スーツの来賓が交差する光景は、モンゴルという国の今の空気を素直に映している。
来賓席を彩る民族衣装——ナーダムに集うモンゴル式「華やかさ」
7月11日のナーダム開会式では、国家の三つの高い祭壇のほか、モンゴル議会(ウイフ)の126人からなる議員と政府のメンバーが家族とともに出席し、外国の外交機関の賓客も加わった[1]。この126人という数は、モンゴルの立法府の全議席を意味する[1]。彼らが身に纏う伝統的な装いの華やかさを、現地メディアが写真で伝えた[1]。日本の皇居の園遊会や公式行事でダークスーツが標準になるのとは対照的に、モンゴルでは国家の祝祭にあってこそ家族ぐるみの正装が並ぶ。議員一人ひとりの家族の姿まで報道各社が写真で伝える光景は、私的な祝祭感覚が公の場に溶け込むこの国独特のゆるやかさを示している[1]。会場の喧騒と馬の嘶きが聞こえるような祭りの朝、スーツの外交官と伝統衣装の議員が並ぶ列は、モンゴルが古来の遊牧の美学を外交儀礼に組み込んでいる証左だ。
酒と馬の奇妙な競演——雄馬レースで転げ落ちる若者たち
7月11日、ナーダムの雄馬(アザルガ)競走は天候の影響で予定より遅れ、正午12時に開始された[3]。このレースに出た騎手の少年たち(出典は実名を明らかにしていない)が、馬に乗ったまま酔っ払ってしまうという一幕があった[2]。モンゴルでは競走後に優勝馬の所有者らが祝杯をあげる習わしがあり、馬乳酒(アイラグ)の匂いが競馬場の風に混じる[2]。結果は、南ゴビ県ブルガン村所属の養馬師ナムダグィン・フルレーギィン・シャルガの「シャルガ」号が優勝し、中央ゴビ県のバトスフィン・ナランフーグの「フル」号が2着、フブスグル県のドゥガルスレンギン・オトゴンラグヴィン栗毛が3着となった[2]。少年たちが酔って馬から下りる際にふらつく姿は、厳格な競走規律とは別の、祭りの余興としての緩さを感じさせる。馬の汗とアイラグの酸味が入り混じる光景は、遊牧文化において酒と馬が切っても切れない関係にあることを伝えている[2]。
ブフの土俵で起きた波乱——モンゴル版相撲の熱狂
7月11日、ナーダムの伝統格闘技「フチト・ブフ(力強い相撲)」は、午後5時半に2回戦を終えた[4]。1回戦で国家称号を持つ6人の力士が敗れ、2回戦では同称号を持つ18人が土をつかみ、3回戦には称号持ち110人が残った[4]。この日は称号を狙う若手の「アイマグの獅子」同士の対戦も多く、S・ドルジパラム、B・シャラヴドルジ、H・チョイジルスレン、M・ツェレンら38組の獅子がぶつかった[4]。ダルハン・アヴァルガ(永遠の巨人)G・オソフバヤルはアイマグの獅子B・シャラヴドルジを、同称号のN・バトスリーは国家のナチンB・セルオドをそれぞれ下した[4]。国家アヴァルガP・ブレントグスらも勝ち進んだ[4]。日本の大相撲で言えば三役揃い踏みの取りこぼしに近い波乱だ。遊牧民の腕力自慢が国家の祝日の主役になる構図は、モンゴル社会のヒエラルキーが身体能力に根ざすことを示している。
二度目の栄冠を得た「トゥメン・エフ」——モンゴルが馬に捧げる誇り
7月11日のナーダムの「イフ・ナス(大齢)」馬レースには250頭余りが出走し、ゴヴ・アルタイ県シャルガ村の養馬師H・バトエルデネの「ハルタル」鹿毛が2年連続で優勝して「トゥメン・エフ(一万の母)」の称号を得た[5]。2着は同県ハリウン村のG・チンゾリギン「ドルゴーン」青毛、3着は中央県セルゲレン村の国家名匠G・ダヴァーダライの「サーラル」、4着は南ゴビ県ダランザドガド村のE・バトエルデネの栗毛、5着はヘンティ県ノロヴリン村のニャムノロヴィン・メンヒィン「ボル」だった[5]。遊牧民にとって優勝牝馬は繁殖の頂点を意味し、血統を残す名誉だ。日本の競馬で言えば繁殖牝馬の頂点が祝われるようなものだが、モンゴルでは国を挙げてその誕生を報じる[5]。草原の風を切る馬の走りは、この国の経済基盤が都市化してもなお、馬が生活の中心にあることを教えてくれる。
日本から見ると
7月11日のナーダムの報道を読むと、モンゴルでは国家の祝祭が「スーツの儀礼」と「遊牧の身体」の両方で成り立っていることが分かる。日本の国民的祭りやスポーツの場では、公式の来賓は地味な深色の礼装で臨み、競技は規律の中で厳粛に進む。モンゴルは逆に、議員も家族も伝統衣装で競い、少年が酔って馬から転がり落ちる余裕すら祭りの一部にしている。ブフの波乱や名馬の誕生がトップニュースになる情報環境は、競走や格闘がそのまま社会の話題になる素直さがある。私たちが「効率」や「格式」で片付けがちな祝日のあり方を、モンゴルは身体と酒と馬で満たしている。都市化が進んでも遊牧の感覚を手放さない隣国の姿は、暮らしの中心に何を置くかを改めて考えさせる。