リード
砂漠の夜は、静寂よりも熱気に包まれていた。8月13日の深夜、シャルジャのムレイハ国立公園には300人を超える人々が集まり、夜空を見上げていた[1]。日中の熱を帯びた砂が放つ熱気を感じながら、人々が待っていたのはペルセウス座流星群だ。時折、青や赤、白の光を引いて火球が夜空を切り裂くと、暗闇の中で「わあ」という感嘆の声と拍手が湧き起こる[1]。気温50度を超える酷暑の盛りにあるアラブ首長国連邦(UAE)だが、生活者たちはこの過酷な季節さえも、自然のスペクタクルや「一攫千金の夢」を楽しむ強かさを持っている。
砂漠の夜に流れる青い火球と「スハイル星」への祈り
UAEの夏は、単なる暑さではない。8月14日午後2時、アル・ダフラ地域のバダ・ダファスで記録された気温は50.4度に達した[4]。これは今年最高だった8月5日の51.2度にはわずかに及ばないものの、肌を刺すような熱風が吹き荒れる極限の状態だ[4]。こうした中、人々が心待ちにしているのが8月24日に昇るとされる「スハイル星」だ[4]。この星の出現は、現地では古くから酷暑の終わりと季節の移り変わりを告げる象徴とされてきた[4]。エミレーツ天文学会のイブラヒム・アル・ジャルワン会長は、星が昇ってもすぐに涼しくなるわけではなく、湿度の高まりで体感温度はむしろ厳しくなることもあると警告するが、それでも人々にとってこの星は「耐え難い夏が終わる」という希望の印となっている[4]。8月13日の夜にムレイハで観測された流星群も、そんな暑さを忘れるための貴重な娯楽だった[1]。参加者は天文学の解説に耳を傾け、地球がスイフト・タットル彗星の塵の帯を秒速59キロメートルで通過していることを学んだ[1]。マグネシウムやニッケルが燃えて放つ青い光や、ナトリウムや鉄によるオレンジ色の光が夜空を彩るたび、砂漠の夜は祝祭のような高揚感に包まれた[1]。
夢が現実になった日——ロシア人船員とバングラデシュ人技師の幸運
UAEの生活を語る上で欠かせないのが、一攫千金を夢見る宝くじ文化だ。8月14日、ドバイ免税店の「ミレニアム・ミリオネア」で100万ドル(約1億4800万円)を射止めたのは、ロシア人の船員アンドレイさん(49)だった[2]。彼の物語は7年前、ドバイ旅行中に見た「この街で宝くじに当たる」という鮮明な夢から始まった[2]。当時は宝くじの存在すら知らなかったが、目覚めてすぐに検索し、以来、年に数回チケットを買い続けてきたという[2]。8月12日に当選の電話を受けたとき、彼はウラジオストクで父親を訪ねていたが、最初は詐欺だと思って信じなかった[2]。「ドバイで宝くじに当たる夢を見た。それからずっと買い続けてきたんだ」と彼は語り、賞金の一部をドバイに投資する計画を立てている[2]。同じ日、アブダビの「ビッグ・チケット」でも、バングラデシュ出身の技術者サラス・サシダランさん(33)が10万ディルハム(約400万円)を手にした[5]。2007年からUAEで働く彼に幸運をもたらしたのは、母と娘が選んだ番号だった[5]。彼は賞金を自身の健康管理のために使うという[5]。また、アジュマーンで17年働くバングラデシュ人のマネージャー、アリフザマン・シュボさん(38)も、友人10人との共同購入で同じく10万ディルハムを当てた[5]。「まだ信じられない」と喜ぶ彼は、母国に残した家族のために賞金を貯金するつもりだ[5]。
レジ横の誘惑にさよなら——アブダビで始まる健康革命
夢を追う一方で、現実の生活習慣には厳しいメスが入ろうとしている。アブダビの小売店では今、レジ横の棚からスナック菓子や甘い飲み物を撤去する準備が進められている[3]。2027年1月1日から義務化される新ルールにより、4000平方フィート(約370平方メートル)以上のスーパーマーケットでは、脂肪、塩分、糖分の高い(HFSS)食品を、入り口やレジ横、通路の端といった「ついつい手が伸びる場所」に置くことが禁止される[3]。この規制は実店舗だけでなく、オンラインショップのトップページやポップアップ広告にも適用される[3]。大手スーパー「チョイスラムズ」のマーク・モーティマー=デイビスCEOは、すでに商品の分類と配置の見直しを始めていると明かす[3]。レジ横には今後、砂糖不使用のガムや、より健康的な選択肢となる軽食が並ぶことになるという[3]。背景には、急速な都市化に伴う生活習慣病への危機感がある。UAEの指導者であるドバイ首長ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム氏は8月14日、SNSで「公共の仕事には批判がつきものだが、正しいと思うことをやり遂げなければならない」と発信した[6]。新しい試みは常に反発や誤解を招くが、人々の承認を求めて何もしなければ、何も成し遂げられないという哲学だ[6]。レジ横のジャンクフード禁止という、一見小さな、しかし生活に密着した改革も、こうした「未来を見据えた決断」の一環といえる。
日本から見ると
50度を超える猛暑の中で星空を眺め、宝くじに家族の未来を託すUAEの人々の姿は、どこか日本の「お盆」の時期の熱気とも重なる。しかし、決定的に違うのはその「夢」の規模と、変化のスピードだ。日本ではレジ横のチキンや大福は「ついで買い」の定番だが、アブダビのように行政が強制的にそれを排除するというのは、自由競争を重んじる日本では考えにくい。一方で、ドバイの首長が説く「批判を恐れず、未来のために今を変える」という姿勢は、少子高齢化や経済の停滞に悩む日本にとって、耳の痛い、しかし刺激的な教訓に映る。また、ロシアやバングラデシュなど多国籍な人々が、ドバイという地で共通の「宝くじ」という夢を通じて人生を逆転させようとするエネルギーは、移民社会ならではのダイナミズムだ。過酷な自然環境に抗うのではなく、星の暦を読み解きながら、制度や運を味方につけて一歩先へ進もうとする。そんな強かさが、砂漠の摩天楼を支えている。