リード
ビル群がそびえ立つアラブ首長国連邦(UAE)の街頭では、高層ビルのガラス壁が鋭い日差しを跳ね返している。最高気温が40度を超える夏の日常において、住民たちの話題は最新のデジタル行政サービスから、若者の生き方や家庭内でのルールにまで及んでいる。ドバイ警察が拾得物を自宅に届けるサービスを開始し、行政の利便性をどこまで高めるかが議論される一方で、2026年7月27日には15歳未満のSNS利用禁止に関する規制の詳細に関心が集まった。技術革新と社会格差、そして個人の夢が同じ街の空気の中で交錯している。UAEの日常でいま何が起きているのか、現地で注目を集める生活者たちのニュースを読み解く。
酷暑の街を歩き抜いたスーダン系モデルの逆転劇
ドバイの路上でポートフォリオを手に、照りつける太陽の下を何時間も歩いていた一人の女性がいた。スーダン出身のヌール・ヤヒヤ氏だ[1]。ハルツーム大学で統計学と政治学を学び、卒業後は安定した職を得ていたが、自らの情熱に従ってUAEへ移住した[1]。しかし、現地での仕事探しは難航し、不採用の通知が相次いだ[1]。ヤヒヤ氏は「最も覚えているのは、モデルとしてのキャリアを始める機会を探しながら、熱い太陽の下を何時間も歩き回ったことです」と振り返る[1]。厳しい現実の中でも、SNSで自らの過程を発信し続けた[1]。転機は2026年3月に訪れた。パリ・ファッション・ウィークで「シャネル」のランウェイに登壇し、UAEを拠点とするスーダン人モデルとしてランウェイを歩いた[1]。過酷な環境から世界のファッション界へと羽ばたいた彼女の軌跡は、夢を追ってドバイに集まる多くの若者たちに強い印象を与えている[1]。安定を捨てて炎天下の路上からスタートした挑戦が、国際舞台での躍進へとつながった[1]。
「2ディルハムでも買わない」酷評を越えたコーヒーの夢
UAEの家庭において、コーヒーを淹れて客を迎える行為は伝統的なもてなしだ。オバイド・アティーク・アルカービ氏は幼少期、芳醇な香りを漂わせながら家族が目の前でエミレーツ風コーヒーを煎じる様子を見て育った[3]。2015年にスペシャルティコーヒーの技術と伝統を融合させる試みに触れたことで、自らも事業を立ち上げることを決意した[3]。2017年に自家焙煎豆の販売を開始したものの、ある客から「あなたのコーヒーは飲めたものではない。2ディルハム(約80円)でも買わない」という厳しい言葉を浴びせられた[3]。ショックを受けたアルカービ氏はすぐに原料や焙煎方法を全て変更したが、結果として売り上げは激減し、事業の撤退を余儀なくされた[3]。一つの批判に過剰に反応して自らの方針を見失ったことを反省した同氏は、その後学び直しを経てコーヒー店「Slow Drip」をオープンさせた[3]。現在は「コーヒーは味覚の嗜好であり、一つの意見ですべてを諦めるべきではない」と語り、伝統の味を守りながら新たな顧客層を開拓している[3]。
歳未満のSNS禁止、UAEが踏み込むデジタル規制
家庭内でのデジタル端末の扱いを巡り、UAEの親たちの間で議論が白熱している。UAE閣議は2026年6月18日、15歳未満の子どもによる個人SNSアカウントの作成および利用を全面的に禁止する新ルールを発表した[4]。運営企業に対しても厳格な年齢確認システムの導入を求めており、2027年半ばまでの12ヶ月間を移行期間として定めている[4]。この決定に対し、精神保健の専門家や教育関係者、サイバーセキュリティの専門家からは歓迎の声が上がる一方、実効性を疑問視する意見もある[4]。子どもたちは周囲からの影響や学習目的ですでに日常的にSNSに触れており、規制だけで完全に遮断することは難しいとの指摘だ[4]。学校や家庭が果たす役割の大きさが再認識される中で、各家庭では子どもとの向き合い方を模索している。アクセス制限にとどまらず、いかにして安全なデジタル習慣を身につけさせるかが新たな実務上の焦点だ[4]。
拾得物が自宅に届く、ドバイ警察の利便性追求
財布やスマートフォンを紛失した際、警察署まで足を運ぶ必要がなくなる仕組みが導入された。ドバイ警察は2026年7月27日、拾得物をUAE国内の自宅や職場へ承認された宅配業者を通じて直接配送するサービスを開始したと発表した[5]。利用者は専用コールセンター「901」に連絡することで手続きを行える[5]。ドバイ警察の紛失物管理部門は2025年、86万8110件の拾得物を処理し、そのうち17万1490件を所有者のもとへ返還した実績を持つ[5]。さらに観光客への対応も迅速で、2026年6月にはショッピングモールで3000ディルハム(約120,000円)の現金を失ったアラブ人観光客に対し、出国通知を受けた後に警察が2時間以内に現金を確認し、目的地への送金手配を行った[5]。空港の搭乗直前に現金や金製品、携帯電話が入ったバッグを所有者に返却した事例もあり、行政サービスの徹底した効率化が進む[5]。公的な安全網が人々の生活の細部までカバーする姿勢は、住民や訪問者に強い安心感を与えている[5]。
日本から見ると
ドバイ警察が提供する拾得物の自宅配送や、15歳未満へのSNS規制といった動きは、行政主導で社会課題を解決しようとするUAEの強い実行力を示している。日本でも警察署での拾得物管理や子どものスマホ依存は長年の懸念事項だが、法制度や警察業務のアップデートの速さには大きな違いが存在する。また、酷評に直面して一度は立ち止まりながらも復活を果たした起業家や、過酷な酷暑を耐え抜いて世界的な舞台へ上り詰めたモデルの姿は、多様な背景を持つ人々が集う競争社会のエネルギーを物語る。制度による手厚いインフラ整備と、個人の強い上昇志向が同居する都市の姿は、日本の地域社会やビジネスのあり方に対しても興味深い視点を提供している。