リード
ニューデリーの朝、静まりかえった競技場の屋根から、突如として野太い叫び声が響き渡ります。それは人間が発したとは思えない、大型の猿「ランゴール」の威嚇音です。声の主は、代々猿回しの技術を受け継いできた職人たち。彼らは今、最新のスポーツ施設を野生の猿から守る「秘密兵器」として雇われています。一方、内戦の傷跡が残るダマスカスの古城では、歴史的な石壁に掲げられたハンバーガーショップの看板が、市民の平穏な視界を揺さぶっています。今週、世界各地のローカルニュースが伝えているのは、自分たちの生活圏や文化的な聖域に「招かれざる客」が入り込んできた時の、困惑と知恵、そして激しい賛否の応酬です。
国際大会を救うのは「猿の鳴き真似」と「特殊ジェル」
インドの首都ニューデリーで8月17日の週に開催されるバドミントン世界選手権を前に、大会組織委員会は一風変わった「警備員」を導入しました。その任務は、会場周辺に居座る野生の「アカゲザル」を追い払うことです。この猿たちは建物に侵入しては通行人を襲う厄介者ですが、組織委が頼ったのは最新兵器ではなく、伝統的な猿回し師の技術でした[1]。会場に配備されたのは、アカゲザルの天敵である大型の猿「ランゴール」の鳴き声を完璧に模倣できる男たちです。3代続く猿回し師のザファル氏は、メディアの前でその喉を披露し、「猿はランゴールをひどく恐れます。だからこの鳴き真似は非常に効果的なのです」と胸を張ります[1]。彼の目的は猿を傷つけることではなく、あくまで会場に近づかせないこと。過去の大会では、試合中に猿が観客席を闊歩する失態を演じており、今回は官民を挙げた「音の防衛線」が敷かれています[1]。敵は猿だけではありません。天井から降り注ぐ「鳩の糞」も深刻な問題です。前回のインド・オープンでは、糞で床が汚れたために試合が2度も中断し、選手から衛生面への苦情が相次ぎました。これに対し当局は、鉄道の架線などで使われる非毒性の特殊ジェルを屋根に塗布し、鳩が留まれないようにする対策を講じました[1]。2036年の夏季五輪招致を目指すインドにとって、この「猿と鳩との戦い」は、国の組織力を示す重要な試験石となっています。
世界遺産の城塞にファストフードの看板が掲げられた日
シリアの首都ダマスカスでは、歴史の象徴である「ダマスカス城塞」の景観を巡って激しい論争が起きています。事の発端は、城塞の入り口付近に「シェフ・アブ・ダニエル」という名のファストフード店の看板が設置されたことでした。SNS上では、数世紀の歴史を持つ石造りの外壁に現代的な商業看板が並ぶ光景に対し、「遺跡の品格を損なう」といった批判が噴出しています[2]。これに対し、シリア文化省傘下の遺跡博物館総局は8月10日、火消しに追われる声明を出しました。現在、城塞では「シリアの夏2026」という家族向けイベントが開催されており、問題の看板や飲食施設は、来場者の利便性のために設置された一時的なものだという説明です[2]。当局は「イベント終了後には跡形もなく撤去可能であり、遺跡の構造体には一切触れていない」と強調しています[2]。しかし、市民の間では「商業化の行き過ぎ」を懸念する声と、「活気があって良い」とする意見で二分されています。古都のシンボルが、ハンバーガーの看板一つでここまで揺れ動くのは、それだけこの場所がシリア人のアイデンティティに深く根ざしている証拠でもあります。
巨大看板の中に「住む」男、Netflixの奇抜な宣伝術
アメリカのロサンゼルスでは、看板そのものが「生きている」という驚きの光景が通行人の足を止めています。動画配信大手Netflixが、新作映画『ザ・ラスト・ハウス』の宣伝として、巨大な屋外看板の中に本物の人間を住まわせるという実験的なキャンペーンを実施しました[3]。看板の内部には、ソファや本棚、観葉植物まで備えた完璧なリビングルームが作られ、パジャマ姿の俳優ネイサン・ショップ氏が3日間にわたってそこで生活を送りました。ショップ氏は双眼鏡で街を見下ろしたり、ホワイトボードを使って通行人の質問に答えたりして交流しました。窓の下には「あなたはいつまで生き残れるか?」という、映画のテーマに沿った不気味な問いかけが記されています[3]。この「体験型マーケティング」に対し、SNSでは「天才的な広告だ」と称賛する声がある一方で、映画の内容については「時間を返してほしい」といった手厳しい意見も飛び交っています[3]。奥行きわずか1メートルほどの空間で、猛暑の中エアコンを効かせて過ごすというこの演出は、デジタル広告が溢れる現代において、あえて「生身の人間」を展示することで記憶に焼き付けるという、強引ながらも効果的な手法を見せつけました。
イエメンの村を襲う「ヒヒの侵攻」という過酷な日常
イエメン南部の親愛なる隣人であったはずの野生動物が、今や脅威へと変わっています。アビヤン県ローダル地区の村に、野生のヒヒ(バブーン)の大群が押し寄せ、民家を襲撃する様子を捉えた動画がSNSで拡散され、衝撃を与えています[4]。かつてヒヒは山間部に生息し、人間との距離を保っていました。しかし、山での食料不足に加え、ヒョウやハイエナといった天敵が減少したことで、その数は爆発的に増加。今や農作物を食い荒らすだけでなく、集団で村に「侵攻」する事態となっています[4]。地元住民は銃を撃ったり毒を撒いたりして対抗していますが、ヒヒの繁殖スピードには追いつきません。SNSでは「なぜ村人は協力して追い払わないのか」という疑問の声も上がりましたが、現地の状況は深刻です[4]。ある投稿者は「かつて絶滅しかけていた猿が戻ってきたのは、イエメンの生活が過去に逆戻りしている象徴だ」と自嘲気味に綴りました[4]。内戦や経済難に苦しむ中で、野生動物との生存競争という新たな重荷が、地方の暮らしに重くのしかかっています。
背景を少し
私たちが「健康の敵」として何を避けるべきかという常識は、実は過去の巧妙な情報操作によって作られた側面があります。1960年代、アメリカの砂糖業界は「プロジェクト226」と呼ばれる秘密裏の計画を実行しました[5]。これはハーバード大学の研究者に資金を提供し、心臓病の原因を「砂糖」ではなく「脂肪」に押し付ける論文を書かせるというものでした[5]。このロビー活動の結果、世界中で「低脂肪・高糖質」の食品が健康に良いとされる文化が定着し、砂糖のリスクが30年以上にわたって見過ごされることになったのです[5]。
日本から見ると
インドの猿対策やシリアの城塞看板のニュースを読み解くと、日本での「クマの出没」や「観光地のオーバーツーリズム」との共通点に気づかされます。特に、伝統的な景観の中にどこまで商業的な便利さを持ち込むかという葛藤は、日本の古い街並みでのコンビニ出店論争を彷彿とさせます。また、インドの「猿回し師」という伝統技能が、最新の国際大会という舞台で「実用的な警備ソリューション」として再定義されている点は、非常に示唆に富んでいます。日本の伝統技術も、保存すべき「文化」としてだけでなく、現代の切実な課題を解決する「道具」として光を当てれば、新たな活路が見えてくるのかもしれません。