リード
8月3日、ハンガリー各地は照りつける太陽と記録的な酷暑に包まれている。首都ブダペストを流れるドナウ川の水位は目に見えて下がり、川底の砂利や岩盤がむき出しになっている。一方、街のカフェやテレビの前では、サッカーのハンガリー代表主将ドミニク・ソボスライの快挙に沸く人々の歓声が響く。猛暑と水不足という過酷な自然現象に直面しながらも、スポーツの朗報に酔い、湖畔の屋台で冷たい飲み物と焼きたてのパンケーキを味わうハンガリーの人々。今週現地で語られているのは、過酷な気候への懸念と、日常を明るく彩るささやかな楽しみの交錯だ。
リヴァプールで主将を務めたソボスライと母国の熱狂
ハンガリーのフットボールファンを沸かせているのが、英名門リヴァプールで活躍するハンガリー代表MFドミニク・ソボスライだ。プレシーズンツアー中のレクサム戦で主将マークを巻いたソボスライは、チームを1対0の勝利に導いた[1]。試合終了間際、ソボスライが交代時に主将マークをカーティス・ジョーンズではなくギリシャ代表コスタス・ツィミカスへ渡したことでジョーンズが激昂し口論になる一幕もあったが、ソボスライの仲裁ですぐに収まった[1]。8月2日夜に行われたリーズ・ユナイテッド戦でも、ソボスライは再び主将としてピッチに立った[1]。開始7分、ソボスライの右コーナーキックを同じハンガリー代表のケルケズ・ミロシュが鮮やかなヒールで合わせ、最後はルーク・チェンバースが押し込んで先制[1]。40分にはフロリアン・ヴィルツのゴールで2対0と突き放した[1]。アンドニ・イラオラ監督はハーフタイムに4人を交代させたが、ハンガリー人ふたりをピッチに残し続けた[1]。56分には主将ソボスライが相手陣内でボールを奪うなど存在感を示した[1]。母国の英雄が名門クラブで腕章を巻き、チームを力強く引っ張る姿は、ハンガリーのニュースサイトで連日大きく報じられている[1]。
干上がったドナウ川と「黄色い潜水艦」のネット動画
その一方で、国内の気候は深刻な事態を迎えている。8月3日までに降り続いた酷暑によりドナウ川の水位は極めて低く、エネルギー供給にも支障が出始めている[2]。ソルノクでのティサ川の水位はマイナス302センチという過去最低記録を更新した[2]。気象機関HungaroMetによれば、100ヘクタールを超えるティサヴァシュヴァーリの塩湖「フェヘール・シク」は完全に干上がり、照りつける白日の下にソーダ塩の白い結晶が雪のように一面を覆っている[2]。こうした厳しい水不足のなか、国民的な笑いを誘ったのがサッカーハンガリー代表GKグラチ・ペーテル(36歳、代表58試合)の移籍ニュースだ[4]。11年間在籍したドイツのRBライプツィヒからスペインのビジャレアルへ移籍が決まったグラチに対し、新クラブが公式インスタグラムに生成AIで作った動画を投稿した[4]。ブダペストの国会議事堂の前、ドナウ川の水面からビジャレアルの愛称である「黄色い潜水艦」が浮上するコミカルな映像だ[4]。これを見た現地ファンからは「ドナウ川は今、水が引いているから潜水艦は無理だが、グラチはビジャレアルにとって良い補強だ」と、水不足の現実を絡めたツッコミが相次ぎ、ネット上で大きな話題となった[4]。
バラトン湖の屋台が明かす絶品パラーチナの技
猛暑の夏、ハンガリー人にとって最大の避暑地であるバラトン湖周辺では、伝統的なクレープ風パンケーキ「パラーチナ」を求める人々で行列ができる[3]。厚手のアメリカ式やふわふわした日本式とは異なり、ハンガリーでは薄くしなやかな生地が一番人気だ[3]。しかし家庭で作ると生地が厚くなりがちで、熟練の主婦でも苦戦することがある[3]。そこで地元のニュース記事は、バラトン湖畔の屋台店主らに取材した秘伝のレシピを公開している[3]。30〜40枚分の材料は、小麦粉500グラム、卵3個、塩小さじ半分、そして1リットルのキンキンに冷えた炭酸水だ[3]。泡立て器で混ぜ合わせた後、生地を1時間寝かせるのがコツだという[3]。また、よくある失敗として「生地に直接油を混ぜ込む」手法が挙げられている[3]。フライパンが熱すぎると生地が穴だらけになって廃棄するハメになるからだ[3]。さらに、毎回大量の油を引くのも生地がベタつく原因になるため厳禁だという[3]。冷たい炭酸水のシュワッとした泡立ちがもたらす極薄の焼き上がりと、香ばしい甘い香りは、厳しい夏を乗り切る市民のささやかな楽しみになっている[3]。
ヴェレム村の小さなコミュニティが愛した女優の記憶
ハンガリー西部の国境近く、人口わずか数百年というヴァシュ県の小さな村ヴェレムでは、静かで温かいプロジェクトが進んでいる[5]。かつてカンヌ国際映画祭で受賞し、コシュート賞を3度受賞した国民的大女優トゥレーチク・マリの記念像の建設だ[5]。映画『愛』や『ハンセン』などで世界的な評価を受けた女優でありながら、晩年を過ごしたこの小さな村で、彼女は「大女優」ではなく、誰にでも気軽に話しかける親しみやすい「友人」として愛されていた[5]。2021年4月16日に彼女が亡くなった際、村全体が深い悲しみに包まれた[5]。村の指導者たちは彼女の功績と人柄を称える方法を模索してきたが、8月3日までに記念像の定礎石が置かれ、建設作業が本格化した[5]。完成した像はかつての彼女の自宅前に立てられる予定だ[5]。名声を得ながらも、小さな農村の路地で住民と笑い合っていた大女優の飾らない人柄は、今も村人の語りぐさとなっている[5]。
背景を少し
ソボスライがリヴァプールで主将を務めたニュースは、ハンガリーのサッカー界にとっても特別な出来事だ。彼はリヴァプールの歴史において、ハンガリー人選手として初めてキャプテンマークを巻いてピッチに立った選手となった[7]。レクサム戦に続きリーズ・ユナイテッド戦でもソボスライのアシストから得点が生まれており、母国メディアはその活躍を大きく取り上げている[7][8]。一方で、ハンガリーの文化には、珍しい現象や外見に対する強い好奇心が入り混じってきた歴史もある[6]。例えば、世界で最も珍しいとされる自然の赤毛について、古代エジプトでは生贄にされ、古代ギリシャでは死後に吸血鬼になると信じられていた[6]。そうした奇妙な迷信は中世ヨーロッパでも魔女狩りと結びついたが、16世紀に赤毛のエリザベス1世が自らの髪を隠さず誇ったことで、ステータスやファッションへと変化していった[6]。
日本から見ると
猛暑や川の干上がりといった環境の異変に対し、ハンガリーの人々が見せるユーモアと前向きさは実に興味深い。ドナウ川の水位低下という深刻な問題に対して、サッカー選手の移籍動画に「水がなさすぎて潜水艦は走れない」と自虐的なツッコミを入れるネットユーザーの姿には、過酷な現実をしなやかに受け流す文化的な気質がうかがえる。日本の夏の風物詩であるかき氷や冷やし中華のように、ハンガリーの人々にとっての冷たい炭酸水を使った極薄パラーチナは、猛暑を乗り切るための大切な知恵だ。自然環境の厳しい変化にさらされながらも、地域の絆やスポーツの熱気、そして食卓の工夫を愛する現地の暮らしは、日本の読者にとっても親しみやすく、共感を呼ぶ工夫に満ちている。