リード
朝のソウル市内の厨房で、寸胴鍋から煮込まれた韓牛(ハンウ)スープの豊かな香りが立ち上る。別の場所では、漫画家が描いた冥界の物語が海を越えて評価を受け、街の百貨店では昔ながらの発酵食品が現代的な器で出されている。急速な都市化を経験した韓国でいま、伝統の価値や個人の感情を穏やかに見つめ直す動きが広がっている。流行の陰で生活者が何を楽しんでいるのか。ソウルの食文化やエンタメ、冠婚葬祭に起きている現実のドラマを追った。
韓国マンガが米最高峰の賞を獲得 冥界のケーキ屋描いた作品が快挙
韓国の漫画がアメリカの権威ある賞を初めて受賞した。出版社の文学童ネが8月1日に発表した内容によると、漫画家Sanho(サンホ)のファンタジー作品『Purgatory Funeral Cakes』が、第38回ウィル・アイスナー漫画業界賞で最優秀アジア作品翻訳版賞を受賞した[1]。授賞式は7月24日、米国サンディエゴのヒルトン・ベイフロントで開催されたコミコン内で行われた[1]。過去にもキム・ドンファや金曙経らの作品がノミネートされてきたが、受賞は今回が初となる[1]。作品は、死者が49日間の冥界の平原を越えて転生の門へたどり着けるよう、ケーキを焼く店の物語だ[1]。英語版は2025年に米ダークホースコミックスからダニー・リム訳で刊行された[1]。世界的にも韓国コミックへの注目が高まっている[1]。
百貨店が仕掛ける伝統食のリメイク 発酵味噌からデザートまで
韓国食の流行は激辛麺やフライドチキンが中心だが、本来の伝統食は発酵技術と穏やかな味わいを特徴とする[2]。大手百貨店グループの新世界は、伝統の味を現代に引き継ぐ「韓国食研究所」を運営する[2]。韓熙靜(ハン・ヒジョン)副社長率いるチームは、政府認定の食品名人が作った発酵味噌や副菜を扱う小売店を全国10店舗で展開している[2]。江南店のレストラン「Jaju Hansang」では旬の食材を使った韓食コースを提供し、別のカフェでは伝統デザートを洗練された陶芸の器で出している[2]。添加物に頼らず、素材本来の風味を届ける試みが支持を集めている[2]。
打ち立ての蕎麦と澄んだ牛肉出汁 平壌冷麺店「大葉」の挑戦
ソウルの聖水と乙支路に店を構える「大葉(デヨプ)」は、毎朝厨房で挽きたての蕎麦を練り上げ、澄んだ出汁を作っている[3]。オーナーシェフの古錫鉉(コ・ソヒョン)氏が提供する平壌冷麺(1万3000ウォン=約1,430円)は、太い蕎麦麺に、韓牛と野菜を5〜6時間煮込んだ牛肉スープを合わせる[3]。化学調味料を使わない麺は蕎麦の香りとザラッとした質感が残り、酢漬けキュウリと茹で豚肉が添えられる[3]。客はまずスープを味わい、麺を食べた後、香りの強い米「瑞香米(スヒャンミ)」を出汁に浸して締める[3]。2024年8月の開店以来行列が続く同店は、香港など海外展開も視野に入れている[3]。
,000人の弔問対応を辞めた遺族 接待を省く簡素な葬儀の増加
韓国の葬儀では、伝統的な形式を離れて故人との時間を優先する動きが広がっている[4]。57歳のリュ・ジェジュン氏は6月23日、父親の葬儀で3日間の接待部屋を借りず、教会でのミサのみを行った[4]。遺体には普段着を着せ、香典も辞退した[4]。リュ氏は前年、母親の葬儀で1,000人以上の弔問客の対応に追われた[4]。「受付で押し寄せる弔問客の挨拶に追われ、母を想う時間もなかった。まるでベルトコンベヤーのようだった」と語るリュ氏は、父親の遺志を受けて簡素な見送りを選んだ[4]。現在、韓国では接待室を設けない葬儀が全体の20%を占めており、静かに故人を偲ぶ選択肢として定着しつつある[4]。
スターの一押しが呼ぶ大騒ぎ G-DRAGONの「いいね」とファンの熱狂
BIGBANGのG-DRAGONがSNS上で押した「いいね」一つが、ファンの間で話題となった[5]。彼が好評価を押したのは、かつて熱愛説が報じられた日本のモデルで女優の水原希子の画像を集めた投稿だった[5]。画面の画像が拡散すると、2010年頃から囁かれていた二人の関係をめぐる議論が再燃した[5]。一方で、ファンからは彼が日頃から投稿に広く「いいね」を押す習慣があることも指摘されている[5]。本人は過去に番組で、ファンの創作活動を応援するために押していると明かし、「手(指)が大きすぎるせいだ」と押し間違いの可能性を語っていた[5]。スターの指先の動きに日韓のファンが反応する構図が続いている[5]。
背景を少し
新世界百貨店が進める伝統食の再解釈は、歴史的な食文化への再評価に支えられている[2]。同店の「Jaju Hansang」では、半乾燥させたブリと副菜をあわせたメニューなどを提供し、伝統的な保存法を現代の食卓に活かしている[6]。韓国料理の歴史は1450年の料理書にまで遡り、唐辛子が広まる以前は発酵や塩蔵による穏やかな味が主流であった[2]。大手資本が政府認定の職人と組んでブランド化を進める背景には、強い味付けの陰で失われつつあった固有の食の文脈を取り戻す狙いがある[2]。
日本から見ると
ソウルで起きている変化は、日本の暮らしとも重なり合う。葬儀で来客接待を省き、家族中心で故人を悼む人が増えている状況は、日本で家族葬や直葬が広がった流れと通じている。義理合いよりも個人の感情や記憶を大切にする考え方は、急速に少子高齢化が進む日韓に共通する価値観の変化と言える。また、挽きたての蕎麦と牛肉出汁を合わせる冷麺のこだわりや、伝統的な発酵食をモダンな器で出す試みは、日本の老舗の変革や地域食の再発見とも響き合う。古い形式をそのまま守るのではなく、現代の生活実感に合わせて文化を更新していく姿勢に、双方の都市生活者が求める豊かな暮らしのヒントがある。