リード
南半球のニュージーランドに、春の足音が近づいています。原生林では、世界で唯一の飛べない夜行性オウム「カカポ」が、好物の果実を求めてのっそりと動き出しています。この国の人々にとって、カカポは単なる鳥ではありません。絶滅の淵から一歩ずつ、国民全員で見守り、育ててきた「家族」のような存在です。2026年8月31日、この愛すべき鳥の個体数が大台の300羽を突破したというニュースが駆け巡り、国中が祝祭ムードに包まれました。市場のコーヒーショップから農場の休憩室まで、話題はカカポの「ベビーラッシュ」と、もう一つ、宿敵オーストラリアを打ち負かした牧羊犬たちの快挙で持ちきりです。
絶滅寸前の珍鳥カカポが300羽超え、国を挙げて見守るNZの生き物愛
ニュージーランド環境保全省のカカポ回復プログラムは8月31日、2026年の繁殖期が過去最大の結果となり、個体数が325羽に達したと発表しました[1]。1995年のプログラム開始時にはわずか51羽まで減っていたカカポですが、今シーズンの成功により、個体数は一気に3分の1も増加しました[1]。カカポは2年から4年ごとにしか繁殖しない気難しい鳥です。今回の躍進の鍵は、森の木々、特にリム(ナギイチイ)の実が大豊作だったことにあります[1]。孵化時にはわずか25グラムだった雛たちは、熟した果実をたっぷり食べて、150日後には1.5キロから2キロの堂々たる体格に成長しました[1]。今シーズンは79羽のメスが巣作りし、106羽が孵化、そのうち90羽が自立の目安となる150日齢を無事に迎えました[1]。プログラムの運用マネージャー、ディードレ・ヴァーコー氏は、RNZのポッドキャストで「300羽という壁を突き破ったことは、本当に驚きです。325羽なんて、本当に起きたことなのかしらと今でも思ってしまいます。でも現実なのです、素晴らしいことです」と興奮を隠せません[1]。かつては90羽の雛を育てるのに16年もかかっていた初期に比べ、わずか1シーズンで同数の雛が育った事実は、ニュージーランドが進めてきた徹底的な管理保護の成果を象徴しています。
牧羊犬の技を競うNZ対豪州の熱き戦い、牧畜大国の誇りが宿る伝統競技
動物への情熱は、野生動物だけにとどまりません。8月31日、牧羊犬の技術を競う伝統の対抗戦「ウェイレッゴー・カップ」で、ニュージーランド代表チームが宿敵オーストラリアを破り、数年ぶりに王座を奪還しました[2]。ラグビーの対豪州戦「ブレディスローカップ」になぞらえられるこの競技は、両国のプライドが激突する一大イベントです。今回の戦いはオーストラリアの乾燥地帯、スタンソープで開催されました。ニュージーランドから遠征したのは、ドン、キング、ガイド、ルーシーという4頭の精鋭犬と、その飼い主である4人の農家たちです[2]。競技を難しくしたのは、深刻な干ばつに見舞われていた現地のメリノ羊たちでした。空腹で痩せた羊たちは群れを作ろうとせず、隙あらば逃げ出そうとする「扱いにくい」状態だったといいます[2]。最終戦までもつれ込んだ接戦を制したのは、南島ノースオタゴから参加したロイド・スミス氏と愛犬ガイドのコンビでした。制限時間ギリギリの数分間で羊を囲いに入れる劇的なパフォーマンスを見せ、ニュージーランドは合計808.5ポイントを獲得。オーストラリアの799.5ポイントをわずか9ポイント差で上回りました[2]。主将のマーク・コープランド氏は「まさに手に汗握る展開でした。ロイドが最後のチャンスをものにしてくれた」と語り、30ものスポンサーが支えた遠征の勝利を喜びました[2]。
絶滅した巨鳥モアを現代に蘇らせるべきか、NZ固有の生態系をめぐるバイオ論争
カカポの復活に沸く一方で、ニュージーランドではさらに踏み込んだ「復活」の是非が議論を呼んでいます。かつてこの国に君臨し、数百年前に絶滅した巨大な飛べない鳥「モア」を、最新の遺伝子技術で蘇らせようというプロジェクトです。米国のバイオ企業コロッサル・バイオサイエンス社は8月31日までに、モア復活に向けた「基礎的なステップ」として、26個の人工卵を孵化させたと発表しました[3]。同社はマンモスやドードーの復活も掲げており、1万3000年前の歯などからゲノムを解析して「過去を修復し、より良い未来を作る」と主張しています[3]。しかし、この野心的な計画には地元ニュージーランドの科学者から厳しい声が上がっています。オタゴ大学のニック・ローレンス准教授は「遺伝子操作されたエミュー(モアの近縁種)を作るために何百万ドルも費やすなら、その資金は今生きている絶滅危惧種のために使われるべきだ」と批判します[3]。また、先住民マオリにとって「タオンガ(宝物)」であるモアを、誰の許可で復活させるのかという倫理的・文化的な問いも投げかけられています[3]。カカポのように今ある命を守るのか、それとも失われた命を技術で取り戻すのか。自然との共生を重んじるこの国で、科学の境界線が問われています。
元酪農家のおじいちゃんが赤ちゃん用ブランケット職人に、地方で見つけた第二の人生
こうした国家的なプロジェクトや競技の影で、ニュージーランドの地方都市では、動物への愛を別の形で表現している人々がいます。北島ダガビルの元酪農家、マイク・ギリガンさん(76)は、引退後の時間を premature(早産)の赤ちゃんのためのベビーブランケット編みに捧げています[4]。マイクさんが編み物を始めたきっかけは、新婚当時に馬に蹴られて膝を脱臼し、動けなくなったことでした。「このままでは夫婦のどちらかが精神的におかしくなる」と危惧した妻のエディスさんが、夫に編み物を教えたのが始まりです[4]。現役時代は酪農やクマラ(サツマイモ)農家として忙しく、手はいつも泥にまみれていましたが、引退してからはその器用な指先で、これまでに約600枚もの色鮮やかなブランケットを編み上げました[4]。当初は小さなカーディガンを編んでいましたが、看護師から「カーディガンを編むおばあちゃんはたくさんいるけれど、本当に必要なのはブランケットなの」と言われ、以来、ブランケット一筋です[4]。「編み物は女性の趣味だ」という冷やかしも、彼は全く気にしません。「私はただ、これが好きなんだ。妻と一緒に座って編み物をする。それだけで十分だよ」[4]。8月31日、彼は今年も47枚の新作を地元の病院に届けました。
日本から見ると
ニュージーランドのニュースを眺めていると、人間と動物、そして自然との距離の近さに驚かされます。カカポの増減が一喜一憂のニュースになり、牧羊犬の大会がラグビー並みの熱狂で語られる。そこには、自分たちの国のアイデンティティを、固有の生態系や牧畜文化に強く結びつけている姿があります。日本でもトキの放鳥やコウノトリの野生復帰といった取り組みがありますが、ニュージーランドほど「国民全員が当事者」という空気感はまだ薄いかもしれません。一方で、モアの復活論争に見られる「今ある命か、失われたロマンか」という対立は、技術が進歩する中で日本もいずれ直面する課題でしょう。また、元酪農家のマイクさんのように、現役時代の技術や「手」の感覚を、全く別の形で社会に還元する老後のあり方は、超高齢社会の日本にとっても豊かなヒントになります。羊を追う犬の鳴き声から、静かなリビングで動く編み棒の音まで、この国には動物とともに刻まれる穏やかで力強いリズムが流れています。