リード
スウェーデンの地方都市を走ると、三角形の低速車マークを背面に貼った、不思議なほどゆっくり走る乗用車に出会う。15歳から運転免許が取得できる改造車「EPAトラクター(Aトラクター)」だ。時速30キロ制限のこの車は、公共交通の乏しい田舎町で若者たちの「足」であり、アイデンティティそのものとなっている。8月21日、この車を愛する若者たちの政治的志向が、右派政党の支持基盤として注目を集めている[1]。短い夏が終わり、学校に子供たちの声が戻ってきたスウェーデンでは、伝統的な狩猟の号砲とともに、生活に根ざした新たな議論が巻き起こっている。
歳がハンドルを握る「改造車」と政治の意外な距離
スウェーデンの地方に住む15歳から17歳の若者の間で、右派のスウェーデン民主党(SD)への支持が急速に高まっている。ストックホルム大学の研究者、ゼス・イサクソン氏が8月21日に発表した調査によると、地方で日常的に車をいじり、EPAトラクターを乗り回す若者の間で同党が強い支持を集めていることが示された[1]。背景にあるのは、切実な燃料価格の問題だ。ルレオに住む17歳のリアム・カウッピさんは「多くの仲間が公然とSDを支持している。彼らは燃料価格を下げようとしているからだ」と語る[1]。EPAトラクターは若者にとって移動手段であり、放課後のたまり場であり、文化的なコミュニティだ。イサクソン氏は、単に車への興味だけでなく、地方特有の文化的な環境が政治的志向に結びついていると分析する[1]。
IT先進国の決断、学校からスマホが消える日
デジタル教育の先駆者として知られてきたスウェーデンが、大きな転換点を迎えている。8月21日、新学期の始まりとともに、学校内でのスマートフォン使用を全面的に禁止する新法が施行された[2]。これまでも授業中の使用を制限する学校はあったが、今後は休み時間を含め、校内全域で「スマホフリー」が義務付けられる。この措置は、現政権が掲げる規律重視の政策の一環だ。コラムニストのリサ・マグヌッソン氏は、子供たちの自由を奪うような権威主義的な動きには懐疑的な視線を送りつつも、今回の禁止には賛成の意を示している。その理由は「技術によって隷属させられることから子供を守るため」だという[2]。デジタル機器が子供たちの集中力や社会性に与える影響への懸念は、教育現場でも根強い。マグヌッソン氏は、子供たちが内心ではこの強制的な休息に「安堵しているのではないか」と推察する[2]。かつては「1人1台」の端末配布を誇ったIT先進国が、あえてアナログな環境を取り戻そうとする姿は、デジタル化の理想と現実の狭間で揺れる同国の現在地を物語っている。
伝統のクマ狩猟解禁、リンゴンベリーの香る秋の訪れ
スウェーデンの北部に広がる深い森に、秋の訪れを告げる銃声が響いた。8月21日の金曜日、恒例のクマのライセンス狩猟が解禁され、初日の午前中だけで全国で35頭が仕留められた[3]。今年の捕獲枠は全個体数の約14%にあたる394頭に設定されており、特に北部ヴェステルボッテン県では100頭という最大の枠が割り当てられている[3]。この時期、スウェーデンの食卓を彩るのが、森の宝石と呼ばれるリンゴンベリー(コケモモ)だ。8月23日の「ミートボールの日」を前に、家庭では伝統的な肉料理の準備が進む。ミートボールに欠かせないのが、甘酸っぱいリンゴンベリーのジャムである。さらに、この時期ならではの楽しみが「ヴァルグタス(狼の足あと)」と呼ばれるカクテルだ。40ミリリットルのウォッカを60ミリリットルのリンゴンベリージュースで割り、氷をたっぷり入れたグラスに注ぐ。仕上げに真っ赤な生のベリーを散らせば、北欧の秋を凝縮したような一杯が完成する[4]。厳しい冬を前に, 自然の恵みを余すところなく享受しようとする、スウェーデン人らしい季節の愛で方といえる。
古いものに愛着を、国民的鑑定番組に並ぶ長蛇の列
8月21日の金曜日、ヴェルムランド地方のカールスタードにあるマリエベリ公園には、朝から長蛇の列ができていた。スウェーデン版の「なんでも鑑定団」として絶大な人気を誇る公共放送SVTの番組『アンティーク・ルンダン』の収録が行われたためだ[5]。今年で38シーズン目を迎えるこの番組は、単なる価格査定を超えた文化現象となっている。参加者は家宝の絵画や家具、中には「ロバの荷車」をトレーラーで運んでくる人までいる[5]。カールスタード在住のトマス・ホルムストロムさんは、自慢のコレクションである「剣」を持参した[5]。スウェーデンには「ロッピス」と呼ばれる蚤の市文化が根付いており、古いものを手入れして使い続けることに価値を置く。番組プロデューサーは、今年から1つの都市で3回分の放送内容を収録することを決めた。それほどまでに、自分の持ち物の背景にある歴史を知りたいという市民の熱意は高い[5]。この日鑑定された品々がテレビに登場するのは2027年になる予定だが、会場を包んでいたのは、古いものへの深い愛情と、思わぬ発見への期待感だった。
背景を少し
スウェーデンの庭園美学にも変化の兆しが見えている。かつては短く刈り込まれた青々とした芝生が「理想の庭」とされてきたが、近年の気候変動による乾燥で、夏場に芝生が茶色く枯れる光景が珍しくなくなった。これに対し、8月21日の読者投稿では、あえて芝刈りをやめるべきだという議論が提起されている[6]。研究によれば、芝刈りの頻度を減らすことで植物や昆虫の多様性が増し、生態系が強化されるという。茶色くなった芝生を無理に緑に戻そうと散水するのではなく、背の高い草や花を育てることで二酸化炭素の吸収源とし、乾燥に強い庭を作る。環境意識の高いスウェーデンでは、美しさの定義が「整えられた人工美」から「生物多様性を守る自然の姿」へと移り変わりつつある[6]。
日本から見ると
15歳の若者が時速30キロの車を操り、政治を語る姿は、日本の都市部では想像しにくい光景だ。しかし、地方における移動手段の確保が若者の自立やアイデンティティに直結している点は、日本の地方が抱える課題とも重なる。また、デジタル先進国であるスウェーデンが学校でのスマホ禁止という「アナログ回帰」に踏み切ったことは、GIGAスクール構想が進む日本にとっても示唆深い。一方で、古い剣や荷車を抱えて鑑定に並ぶ人々の姿や、森のベリーをカクテルにして楽しむ暮らしぶりからは、流行に流されない「豊かさ」の基準が見えてくる。効率や最新技術を追求する一方で、クマの狩猟やアンティークといった伝統を生活の一部として守り続ける。そのバランス感覚こそが、変化の激しい現代において、彼らが心の平穏を保つ秘訣なのかもしれない。