リード
賑やかな高層ビル群の足元で、色鮮やかな衣装を纏った人々がステップを踏む。ニューヨークの街角に響く伝統音楽の太鼓と管楽器の音色は、遥か南のメキシコ山間部からやってきた人々の熱気をそのまま運んでいた。2026年8月上旬のメキシコでは、自国の文化的な記憶や身近な暮らしを捉え直そうとする動きが目立つ。アメリカに渡った移民コミュニティが開催した伝統の祭りから、映画界の最高峰とされる賞のノミネート発表、さらにはかつて街の壁を彩ったグラフィティ(落書き)の展覧会まで、多彩な語り口で生活者の言葉が紡がれている。
ニューヨークの街角に響くオアハカの伝統の踊り
7月25日、ニューヨークのタイムズスクエアで、メキシコ南部のオアハカ州に伝わる伝統の祭事「ゲラゲッツァ」の第2回公演が開催された[2]。オアハカ州中央バレー地域にあるサン・パブロ・グイラ出身のサポテカ族の人々が中心となり、集まった数千人の観客の前で伝統の踊りを披露した[2]。観客は開始数時間前から折りたたみ椅子を持参したり直接地面に座ったりして開演を待ち望んでいた[2]。この催しを実現させたのは、移住者組織「ラサ・サポテカ」の代表を務めるミゲル・エルナンデスである[2]。メキシコからニューヨークへ渡った若手ダンサーグループ「ガルゲス・ラクサ」も参加し、全12演目のパフォーマンスを繰り広げた[2]。移住者への風当たりや取締りが厳しい社会情勢のなか、オアハカの文化を全米の中心地で表現する試みとなった[2]。祖父母から受け継いだ舞踊や芸術を異国の街角で披露した若者たちの姿は、現地で暮らす同胞に大きな希望を与えた[2]。現地メディアは、数十年間にわたり真面目に働いてきたメキシコ系移民が、自らの歴史の異なる側面を示すための努力だと伝えている[2]。
映画の多層的な魅力を伝えるアリエル賞ノミネート
8月5日、メキシコシティのチュルブスコ・スタジオにおいて、メキシコ映画芸術科学アカデミー(AMACC)が主催する第68回アリエル賞のノミネート者交流会が開催された[3]。授賞式は10月3日に同スタジオで予定されており、候補に選ばれた映画人たちが集まって記念撮影や報道陣への取材に応じた[3][8]。今回のノミネートで最多13部門の候補となったのは、デビッド・パブロス監督の作品『エン・エル・カミーノ』である[3]。作品は最優秀作品賞、監督賞、オリジナル脚本賞、主演男優賞などに名を連ねた[3]。パブロス監督は「これらのノミネートは映画の認知度を高め、メキシコ映画に存在する多様性を認めてもらうための助けになる」と語り、長距離トラック運転手という男性優位の社会に見られる多様性を描いた背景を明かした[3]。交流会には、作品『フアナ』に出演したディアナ・セダノや『ラ・エテルナ・アドレスセンテ』のエマ・ディブ、そして『ラス・ムタシオネス』のモニカ・デル・カルメンといった女優陣も出席した[3]。また、ドキュメンタリー映画賞候補作『ジャマールセ・オリンピア』のインディラ・カト監督は「これほど評価されるとは予想していなかった」と驚きを語った[3]。
ストリートの壁画が伝えるオアハカの10年
オアハカの文化施設「オアハカグラフィックアート研究所(IAGO)」のエル・アラカン・ギャラリーで、8月7日から特別な展覧会が幕を開ける[4]。『そこにいない私がそこここに見える:グラフィティの不完全な記録を通じた曖昧な想起』と題されたこの展示は、1995年から2005年までの10年間にオアハカの都市風景を塗り替えたグラフィティ文化の記憶を捉え直す試みだ[4]。キュレーターを務めたイタンデフイ・フランコ・オルティスと展示担当のエマニュエル・サントス・セルは、街頭表現に関わった30人以上の当事者から写真やスケッチ、所持品を収集した[4]。会場にはメックス、ワッコ、ヤンケル、ビーチといった制作仲間から寄せられた資料を含め、900点以上の写真や文書が並ぶ[4]。連邦文化省のクラウディア・クリエル・デ・イカサ事務局長は、「この集団的体験を展示と記録に変換することで、主役たちを承認し、文化史の理解を広げて新しい世代との対話をひらくことができる」と述べている[4]。時代の経過とともに失われた画像や物品も多いが、主催者は失われた部分も含めて集団の経験を再解釈する意義を強調している[4]。
メキシコシティの日常を歌い上げた歌手の命日
8月5日、メキシコシティの街頭や暮らしの情緒を歌に収めた歌手であり作曲家のチャバ・フローレス(本名サルバドール・フローレス・リベラ)の39周忌を迎えた[1]。彼の残した楽曲群は、大衆文化における重要な遺産として今も人々に親しまれている[1]。チャバ・フローレスは、首都の路地裏で見られる日常や庶民の習慣を鋭い観察眼で歌にした[1]。代表曲には、首都の土曜日の賑わいを描いた『サバド・ディストリト・フェデラル』や『エスペルヘンシアの15歳』『チェトの洗礼』などがあり、庶民の喜怒哀楽を軽妙なメロディーに乗せて語り継いできた[1]。新聞紙面には彼の遺影とともに、長年にわたり愛されてきた都市のクロニクル(年代記)としての役割を称える言葉が掲載された[1]。また、メキシコでは外国文学への関心も高く、8月13日にはサン・イルデフォンソ学院で日本の俳人・松尾芭蕉に関するシンポジウムが開催される予定だ[5]。メキシコ文学集会代表のマキシミリアーノ・シド・デル・プラドらが出席し、日本語から直接翻訳された120句を収めた新刊本の出版にあわせて、芭蕉の詩論がメキシコ文学に与えた影響を討議する[5]。身近な路地の風景から遠い異国の詩心まで、言葉と音に注がれる眼差しは深い[1][5]。
背景を少し
今回ノミネートが発表された第68回アリエル賞は、メキシコ映画芸術科学アカデミーが主宰する国内最高峰の映画賞である[3][7]。2026年10月3日にメキシコシティの歴史あるチュルブスコ・スタジオで授賞式が挙行される予定となっている[3][8]。全25部門に及ぶ審査のなかで、今年は長年ドキュメンタリー分野で活躍したデメトリオ・ビルバトゥアと女優のロシータ・アレーナスに対して、金のアリエル賞(特別功労賞)が授与されることが決定している[9]。こうした表彰制度は、国内の作品だけでなくラテンアメリカ全体の映像表現を牽引してきた歴史を持つ[3][7]。
日本から見ると
ニューヨークのタイムズスクエアで踊られたゲラゲッツァや、オアハカの壁に残されたグラフィティの展示は、いずれも「自らの足元にある歴史をいかに遺し、伝えるか」という問いを提示している。メキシコの人々が移民先でも伝統のステップを刻み、かつて消し去られた街角の落書きを貴重な文化記録として美術館に収める姿勢には、表現への強い自負が感じられる。日本でも祭りの後継者不足や街の景観保護をめぐる議論が各地で絶えないが、完璧な記録ではなく「不完全な記憶」であっても当事者が集まって記録化を進めるオアハカの取り組みは味わい深い。松尾芭蕉の俳句が現地で直訳され議論されるように、身近な日常を素朴に捉えた言葉や歌こそが、世代や国境を越えて人々の心に残り続けるのだろう。