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LOCAL NEWS · 世界のローカルニュース · 2026-07-19

3000年の土器、パリの街路、闘牛の行方——メキシコシティの7月

7月19日、メキシコシティで約3000年にわたる陶芸の歴史を一望する展覧会が始まった。同じ日、パリのエトワール広場を模した街路「コロニア・フェデラル」が101周年を迎え、住民の暮らしの変遷に光が当たる。W杯の熱狂に沸く街では、サッカーと現代アートを結ぶ展示が非ファンの心も掴み、闘牛を巡っては伝統継承と商業化の矛盾が議論を呼んでいる。文化の継承と変容を映すメキシコの7月から、日本の読者が見出すものは何か。

ローカルニュース中南米6本のローカル記事から

リード

メキシコシティの7月は、文化の熱気に包まれている。旧市街のパラシオ・デ・イトゥルビデでは、先住民時代から現代までの土器と陶芸約670点が展示され、訪れる人々を3000年の時間旅行に誘う[1]。一方、ベヌスティアーノ・カランサ区のコロニア・フェデラルでは、パリに着想を得た放射状の街路が101年の歴史を刻み、低層住宅から高層アパートへの変貌を住民が語り継ぐ[2]。街中ではW杯メキシコ代表の快進撃に沸き、非サッカーファンだったエッセイストもその熱狂に巻き込まれたと綴る[4]。さらに、闘牛の伝統を巡っては、商業化に抗う声と動物愛護の批判が交錯する[5]。今週、メキシコの生活者が何を楽しみ、何に心を揺さぶられているのか、その空気を伝える。

年の土と炎が語るメキシコ陶芸の系譜

7月19日、メキシコシティ中心部のパラシオ・デ・クルトゥーラ・バナメックス(イトゥルビデ宮殿)で「Barro y cerámica en México: Poéticas de lo utilitario」展が開幕した[1]。先コロンブス期から現代までの約3000年にわたる土器と陶芸、約670点を集めた企画で、109人の陶芸家や工房、デザインスタジオの作品が並ぶ。出展品は約150の個人・機関コレクションから集められた[1]。キュレーターを務めたフアン・ラファエル・コロネル・リベラとアナ・エレナ・マジェットは、4年がかりの調査を基に、実用的な器を「彫刻の派生」として展示する手法をとった[1]。コロネル・リベラは記者会見で「作品を民族学的・科学的な枠組みから外し、文化的・芸術的な視点で提示した」と説明する[1]。来場者は宮殿の中庭に立つと、展示が直線的かつ蛇行しながら空間を横切る「180度の眺望」を得る仕掛けだ[1]。コロニアル建築の石壁と、素焼きの土器の質感が静かに対話する。同館のナタリア・ポジョック館長は「若者を招き入れ、別の見方を提供する新鮮な展示が重要」と語った[1]。展示は先コロンブス期から始まるが、時系列を厳密に追わず、時代を超えた造形の影響関係を浮かび上がらせる構成で、メキシコ陶芸の重層的な系譜を体感できる[1]

パリの広場から生まれた街、101年の変貌

メキシコシティのベヌスティアーノ・カランサ区に、パリのシャルル・ド・ゴール広場(旧エトワール広場)を模した放射状の街路をもつ地区がある。コロニア・フェデラルだ。1925年に正式に創設され、7月19日で101年を超えた[2]。72ヘクタールの土地に16本の道路がクモの巣状に延びる設計は、建築家ラウル・ロメロ・エラソ(後にソウマヤ美術館を手がけたフェルナンド・ロメロの祖父)の手による[2]。この地区は元々、内務省が職員向け住宅地として整備した。電気が通ったのは1946年、水道はその翌年で、当初は広場の井戸に頼る暮らしだった[2]。街路名には「ゴベルナシオン(内務省)」「スプレマ・コルテ・デ・フスティシア(最高裁)」など、連邦政府の機関名が今も残る[2]。68年前から住むエクトル・クアウテモック・バロイ・サンチェスは、最初の家が1924年に建った医師の邸宅だったと記憶する[2]。現在は低層の住宅が取り壊され、高層アパートが増えた。それでも、作家で年代記作者のセルヒオ・ビカリオは「この地区の元の区画割りが失われることはまずない」とみる[2]。空港に近いこの街で、パリの一片は静かに姿を変えながら生き続けている。

W杯熱狂、非ファンの心も溶かした7月

エッセイストのアンヘレス・ゴンサレス・ガミオは、自他ともに認めるサッカー音痴だった。それが2026年W杯で一変する[4]。7月19日付のコラムで彼女は「メキシコが勝ったとき、例外なく全ての国民が同じ誇りと幸福感で結ばれた」と書いた[4]。政府は公共広場に大型スクリーンを設置し、無料観戦を可能にした。レフォルマ通りが「あふれんばかりの歓喜の群衆」で埋まった光景を、彼女は「この街の歴史で初めてではないか」と綴る[4]。この熱狂を芸術の側面から捉える展覧会も開かれている。ポランコ地区のフメックス美術館で開催中の「Futbol y arte: Esa misma emoción」展だ[4]。キュレーターのギジェルモ・サンタマリナは、サッカーを「共通の言語」と位置づけ、ジェンダーやコミュニティ、グローバル化といったテーマを読み解く[4]。約100点の作品を60人のアーティストが出品し、参加国はメキシコ、米国、フランス、日本、南アフリカなど13カ国に及ぶ[4]。スタジアムの歓声と美術館の静寂、その両方がメキシコの7月を形作っている。

闘牛の伝統、商業化と動物愛護の狭間で

闘牛を巡る議論が再び熱を帯びている。7月19日付のコラムでレオナルド・パエスは、かつての「フィエスタ・ブラバ(勇敢な祭り)」が芸術や文学と深く結びついていた時代を、舞踊家で俳優のルネ・リベラの証言とともに振り返った[5]。リベラは若き日、興行主エバリスト・オスナの邸宅に集い、闘牛の技法だけでなく、詩やフラメンコ、映画論まで叩き込まれたという。「チト(オスナ)は闘牛の世界と他の芸術表現との融合を、より広い視野で教えてくれた」とリベラは語る[5]。しかし現在、闘牛は一部の独占的事業者によって牛飼いが支配され、闘牛士は「日雇い労働者のように20もの祭りで使い回される」とパエスは批判する[5]。文化としての厚みが剥がれ、効率と収益が優先される構図だ。動物愛護の観点からの反対運動も根強く、伝統の継承と近代的価値観の衝突は先鋭化している。リベラの回想は、闘牛が生活と芸術が交わる場だった時代を浮かび上がらせる[5]

日本から見ると

メキシコの7月を彩るこれらの話題は、日本の読者にとっても遠い異国の出来事ではない。約3000年にわたる陶芸の系譜を一望する展示は、縄文土器から現代の陶芸まで連なる日本のやきもの文化と響き合う。実用の器を彫刻として見せるキュレーションは、日常の美を重んじる日本の感覚にも通じるだろう。パリの広場を模した街路が101年を経て高層化する話は、東京の同潤会アパートや銀座の煉瓦街が変貌を遂げた歴史を思い起こさせる。W杯の熱狂が非ファンをも巻き込む現象は、2002年の日韓大会やラグビーW杯での日本の盛り上がりと重なる。公共空間での無料観戦が国民的一体感を生む力学は、国を問わない。闘牛を巡る伝統と動物愛護の対立は、日本の捕鯨や祭礼での動物使用の議論と構造が似る。文化の継承とは何か、誰がそれを決めるのか。メキシコの7月は、その問いを静かに、しかし切実に投げかけている。

出典

  1. [1]🇲🇽 メキシコUnos 3 mil años de cultura se resumen en las 670 piezas de Barro y cerámicajornada.com.mx
  2. [2]🇲🇽 メキシコEl trazado perfecto de telaraña: la Federal; una parte de París en CDMXjornada.com.mx
  3. [3]🇲🇽 メキシコ“Hay que ser rebeldes y contar historias con convicción y rigor”jornada.com.mx
  4. [4]🇲🇽 メキシコÁngeles González Gamio: Gozosa uniónjornada.com.mx
  5. [5]🇲🇽 メキシコLeonardo Páez: ¿La fiesta en paz?jornada.com.mx
  6. [6]🇲🇽 メキシコTocar en la sala Revueltas, “más que un obstáculo, permite a la OSM acercarse a la audiencia”jornada.com.mx