リード
欧州委員会は7月23日、Alphabet傘下のGoogleに対し、総額8億9000万ユーロ(約10億ドル)の制裁金を科すと発表した[1][5][8]。今回の決定は、欧州のデジタル市場法(DMA)に基づき、Googleが検索結果において自社サービスを不当に優遇していること、およびアプリ開発者がより安価な選択肢へユーザーを誘導することを制限していることを理由としている[3][5][7]。欧州側は、この決定によって市場における公平な競争環境を確保する意図を示している[1][7]。一方で、米国のトランプ政権は、こうした欧州の規制が米国企業を不当に標的にしているとして、対抗関税の導入を示唆するなど、貿易上の緊張が高まる懸念がある[2][3][4]。
何が起きたか
欧州委員会による今回の制裁金は、2つの異なる違反行為に対して科されている[1][3]。一つは4億6000万ユーロの制裁で、Googleが検索エンジンにおいて、Googleショッピング、Googleホテル、Googleフライトといった自社サービスを、競合他社よりも視覚的に目立つ形で表示させていることが問題視された[1][3][5][7]。具体的には、検索結果の上部に自社サービスを配置したり、視覚的な強調を行ったりする行為が、競合他社の地位を低下させていると判断された[4][5]。もう一つは4億3000万ユーロの制裁である。これは、Google Playにおいて、アプリ開発者がユーザーに対し、自社のエコシステム外にある、より安価な支払い方法やサービスへと誘導することを制限している行為を対象としている[1][3][5][6]。欧州委員会は、Googleに対し、60日以内に第三者のサービスを差別なく扱い、開発者がユーザーと自由にコミュニケーションを取れるよう、業務慣行を改めるよう命じた[1][3][5][6]。これに対しGoogle側は、今回の決定はホテルや航空券のリアルタイムな価格表示といった、ユーザーが享受している便利な機能を損なうものだと批判し、司法判断を仰ぐ可能性を示唆している[1][4][8]。
研究が示してきたこと
デジタルプラットフォームの競争に関する研究は、こうした「多面市場」の特性を長年分析してきた。2003年にDavid S. EvansがYale journal on regulationに発表した研究では、多面プラットフォームが、異なる顧客グループ間の需要を調整する役割を担っていることを示した[9]。例えば、オペレーティングシステム・ベンダーは、開発者に無料のサービスを提供することで、結果としてユーザー層を拡大させる。こうしたプラットフォームでは、片方のグループに対する価格設定が、もう一方のグループの需要に影響を与えるという相互依存的な関係がある[9]。また、2013年にDavid S. EvansとRichard SchmalenseeがNational Bureau of Economic Researchで発表した研究では、多面プラットフォームへの独占禁止法の適用における課題を整理している[10]。彼らは、従来の単一市場を対象とした経済モデルが、相互に依存する複数の顧客グループを持つ多面プラットフォームにそのまま適用できるとは限らないことを指摘した[10]。さらに、2020年にJoost RietveldとMelissa A. SchillingがJournal of Managementに発表した研究では、過去30年間のプラットフォーム競争に関する文献をレビューし、ネットワーク効果がいかに「勝者総取り」のダイナミクスを生み出すかを分析している[11]。研究では、プラットフォームの戦略が、垂直統合や補完的な財への多角化といった企業レベルの決定とどのように相互作用するかが示されている[11]。
ニュースを研究で読み直す
今回のEUによる制裁は、研究が指摘してきた「多面市場における相互依存性」と「垂直統合による競争阻害」の懸念が、規制の形で具体化したものといえる[9][11]。Googleは、検索エンジンというプラットフォームにおいて、自社の他のサービス(ショッピングやホテル予約)を優遇することで、プラットフォーム上の異なるサービス間での競争を制御している[1][5]。これは、研究が指摘する、プラットフォームがエコシステム全体での価値獲得を最適化するために、各サービス間の相互作用を利用する戦略の一環と捉えることができる[11]。また、Google Playにおける制裁は、プラットフォームが開発者に対して課す条件が、プラットフォーム外の競合サービスへのアクセスを制限している点に焦点を当てている[1][6]。これは、プラットフォームが自社のエコシステム内にユーザーを囲い込むことで、ネットワーク外部性を最大限に活用しようとする動きに対する規制である[11]。今回のEUの決定は、DMAによって、従来の独占禁止法では困難であった「証拠の提示」のハードルを下げ、迅速な執行を目指している点が特徴である[3]。これは、研究が示してきた、プラットフォームの複雑な相互作用を従来のモデルだけで捉えることの難しさに対し、法制度として一つの回答を提示したものといえる[10]。
残された問い
今回の制裁金決定は、プラットフォームの競争環境を改善する一歩となるのか、あるいは研究が示唆するように、プラットフォームの利便性を損なう結果を招くのか、その境界線は依然として不透明である[1][4]。Googleが主張するように、規制によってリアルタイムの価格情報などの機能が制限された場合、プラットフォームの「価値創造」のプロセスがどのように変化するのかという問いが残る[1][4]。また、今回の決定が、米国のトランプ政権による対抗関税などの政治的な報復措置を誘発し、デジタル市場のルール作りが国際的な貿易紛争へと発展するリスクも孕んでいる[2][3][4]。さらに、研究が指摘する「勝者総取り」のダイナミクスに対し、今回の規制が新たなプレイヤーの参入を促す実効性を持つのか、あるいは単に既存の巨大プラットフォームの構造を微調整するに留まるのか。プラットフォームの進化の速さと、規制の執行スピードの乖離をどう埋めるかという課題も、今後さらに重要性を増していく。
日本から見ると
欧州による今回の決定は、日本のデジタル市場における競争政策にも示唆を与える。日本においても、プラットフォーム事業者の透明性向上や公正な競争環境の整備は、経済産業省や公正取引委員会による議論の対象となっている。特に、検索結果の表示順位やアプリストアの決済手数料といった、プラットフォームの「ルール設定」が、消費者利益や中小のアプリ開発者の存続に直結する点は、今回のEUの事例と同様である。また、米国との貿易摩擦の激化が、日本のデジタル産業や輸出入にどのような波及効果をもたらすかについても、注視が必要である。欧州が示した「デジタル主権」の行使が、グローバルなデジタル経済の標準(デファクト・スタンダード)をどのように塗り替えていくのか。日本の政策立案者や産業界は、単なる規制の動向としてだけでなく、次世代のデジタル市場の構造変化を予測するための重要な指標として、この動きを捉える必要がある。