リード
夏の陽光が降り注ぐリトアニアの週末、庭先からは肉を焼く香ばしい匂いが漂ってきます。しかし、今年のグリル料理は一味違います。8月2日、現地メディアが紹介した「肉料理にチョコレート」という組み合わせが、保守的な食文化を持つ人々の間で驚きと関心を呼んでいます[1]。一方で、首都ヴィリニュスの旧市街では、土埃の中からかつての街の誇りが姿を現しました。ソ連時代に破壊され、地中に埋もれていた「大シナゴーグ」の遺構です[2]。食卓の新しい冒険と、地下から掘り起こされる重厚な歴史。今、リトアニアの人々は、自分たちのアイデンティティを形作る「新旧」の文化と、これまでにない形で向き合っています。
肉×チョコの意外なマリアージュ、シェフが教える驚きの隠し味
リトアニアの夏に欠かせないグリル料理に、甘い常識を覆す新風が吹いています。大手スーパーチェーン「Iki」の料理シェフ、ヨリタ・タモシェヴィチエネ氏が8月2日に提案したのは、肉料理にチョコレートやカカオを組み合わせる大胆な手法です[1]。「多くの人がグリルにチョコレートと聞くと驚きますが、プロの厨房では古くから知られた食材です」とタモシェヴィチエネ氏は語ります[1]。彼女が勧めるのは、砂糖の入っていない無糖カカオをスパイスミックスに加えること。カカオ特有の深いコクとほのかな苦味が、肉の旨味をより一層引き立てるといいます[1]。デザートでも、直火ならではの楽しみ方があります。皮ごと焼いたバナナに切り込みを入れ、そこに50グラムのダークチョコレートを詰め込んで溶かすレシピは、家庭でもすぐに試せる人気メニューです[1]。「ダークチョコレートは焦げやすいため、火から下ろす直前に加えるか、余熱で溶かすのがコツ」というプロのアドバイスに、SNSなどでは「試してみたい」という声が上がっています[1]。伝統的なジャガイモ料理や肉料理を愛するリトアニア人にとって、この「苦味と甘味」の活用は、食の境界線を広げる新たな挑戦となっています。
街の歴史を掘り起こす、ヴィリニュス大シナゴーグの再発見
首都ヴィリニュスの中心部、ヴォルニェー通りでは、街の記憶を塗り替える歴史的な発掘調査が佳境を迎えています。8月2日の報道によると、17世紀から18世紀にかけて建設された「ヴィリニュス大シナゴーグ」の跡地で、過去最大規模の調査が行われています[2][5]。この調査を率いるのは、イスラエルから6度目の来訪となる考古学者のヨナス・セリグマン氏です[2][4]。彼にとってこの場所は特別な意味を持ちます。「私の家族はリトアニア出身で、1960年までここに住んでいた親族もいました。これはある種の里帰りなのです」と、セリグマン氏は個人的な思いを明かしています[2]。かつてヴィリニュスの人口の4割をユダヤ系住民が占めていた時代、このシナゴーグは160カ所ある礼拝所の中でも中心的な存在で、「第二の大聖堂」と称されるほどの威容を誇っていました[2]。しかし、第二次世界大戦で焼失し、ソ連時代には建物が完全にならされ、その上には幼稚園と学校が建てられてしまいました[2]。昨年、その校舎が解体されたことで、ようやく中心部の大規模な調査が可能になったのです[2]。今回の発掘では、地下1階分を掘り下げて作られた独特の構造や、巨大な柱の基部が次々と姿を現しており、失われた多文化都市としての誇りが、数十年ぶりに市民の目に触れています[2]。
「名前」にみる世代交代、地方都市ケダイネイの独自性
リトアニアの親たちが子供に授ける「名前」にも、興味深い変化が現れています。8月2日に発表されたリトアニア中部の街ケダイネイの統計では、全国的な流行とは一線を画す独自の傾向が見て取れます[3]。ケダイネイで今年上半期に最も人気だった男の子の名前は「ネイト(Neitas)」、女の子は「スミルテ(Smiltė)」でした[3]。リトアニア全土では「マルカス(Markas)」や「ソフィヤ(Sofija)」が不動の人気を誇っていますが、ケダイネイの親たちはより個性的、あるいは伝統に根ざした名前を選ぶ傾向にあります[3]。同市戸籍課のガイヴァ・ペトラウスキエネ課長は「親たちの選択は安定していますが、多様性が増しているのは喜ばしい」と述べています[3]。特筆すべきは、半年間に登録された120人の出生児のうち、17人が海外で生まれ、後にリトアニアで登録された子供たちであるという点です[3]。国外で暮らすリトアニア人が、子供に母国の伝統的な名前を授けるケースも少なくありません。古風な響きを持つ「アデレ(Adelė)」や「イザベレ(Izabelė)」が上位に食い込んでいるのは、グローバル化の中で自国のルーツを大切にしようとする若い世代の意識の表れとも言えます[3]。
背景を少し
リトアニアの歴史において、ヴィリニュスはかつて「北のエルサレム」と称されるほどユダヤ文化が花開いた場所でした。17世紀に建てられた大シナゴーグが、当時の規制により「教会より高くしてはならない」と定められていたため、床を地下深くまで掘り下げて内部空間を確保したという事実は、当時の宗教間の力関係と知恵を物語っています[2]。また、今回話題になったチョコレートの活用も、中世から続くスパイス貿易の中継地であったバルト諸国の歴史的背景を考えると、単なる流行ではなく、外来の文化を柔軟に取り入れてきたこの国の気質を反映しているのかもしれません。
日本から見ると
肉料理にカカオを加えるという発想は、日本でいえばカレーの隠し味にチョコレートを入れる感覚に近いのかもしれませんが、それをグリルのスパイスとして提案する大胆さには驚かされます。また、名前の流行から見える「海外生まれのリトアニア人」の存在は、人口減少と国外移住に直面してきたこの国の現実を映し出しています。日本でもキラキラネームの是非や伝統的な名前への回帰が話題になりますが、リトアニアではそれが「国のアイデンティティをどう守るか」という切実な問いと結びついている点が印象的です。地中から掘り起こされるシナゴーグの遺構のように、一度は消されかけた文化を、食や名前という日常の形で見つめ直そうとする彼らの姿勢には、歴史との誠実な向き合い方が感じられます。