リード
米ホワイトハウスが、イランへの軍事攻撃の様子を収めた動画にケイティ・ペリーの楽曲「Firework」を無断で使用した。ペリーは7月25日、自身のXアカウントでこの行為を「深く愕然とし、怒っている」と批判した[1][8][10]。動画はTikTokの公式アカウントで7月23日に公開され、ミサイルが艦船を破壊する映像に合わせて、2010年のヒット曲の一節「ブン、ブン、ブン、月よりも明るく」が流れる構成だった[5][8]。各国の報道はアーティストの権利侵害という問題の枠組みで一致する一方、この一件を政権によるプロパガンダと見るか、単なる不適切使用と見るかで温度差を見せた[2][7]。
各国が一致する事実
7月25日の時点で、10カ国・地域の主要メディアが報じた内容には、いくつかの動かしがたい事実が存在する。ホワイトハウスが運営するTikTokの公式アカウントは7月23日、米軍によるイランへの攻撃映像を公開した[5][8]。この8秒間の動画は、爆発の瞬間にペリーの楽曲「Firework」の歌詞「ブン、ブン、ブン」を同期させており、投稿には「イランは警告を受けた」というキャプションが添えられていた[5][8][10]。この動画に対してペリーは7月25日、X上で「私はこれを承認していない。相談も受けていないし、絶対に容認しない」と明言した[1][6][9]。どの報道も、ペリーが楽曲を「希望、癒やし、内なる強さのためのアンセム」と位置づけ、そのメッセージが軍事行動の演出に使われたことを「完全な違反」と断じた点を伝えている[2][3][4]。また、これがトランプ政権下で初めてのケースではなく、これまでにもアリアナ・グランデやセリーヌ・ディオン、ローリング・ストーンズらが楽曲の無断使用に対して抗議してきた事実も、各国の記事で共通して言及されている[2][4][7][8]。
問題定義の違い
この出来事を何が「問題」なのかという点で、各国報道の切り口は分かれた。ラテンアメリカのメディアであるグアテマラのPrensa LibreやチリのLa Terceraは、「アーティストの許可なく、彼女の楽曲が軍事攻撃の動画の背景音楽として政治的に利用されたこと」を問題の核心に据えた[2][5]。アーティストの権利が一方的に侵害された点に焦点を当てている。一方、インドのLivemintやデンマークのDRは、問題を「本来の意図の歪曲」としてより強く打ち出した。政権が楽曲のメッセージを「武器化」し、自己肯定の歌を破壊の映像と結びつけたこと自体を主要な問題として定義している[4][6]。米国のThe Hillは、楽曲が「軍事攻撃の動画に使用されたこと」と同時に、「自己肯定と向上心のメッセージが暴力の演出に転用されたこと」という二重の問題定義を示しており、より国内的な論争の文脈に引きつけて報じている[10]。ノルウェーのVGは、この使用を明確に「プロパガンダ動画」と呼び、行為の政治性を前面に出した問題定義を行っている[9]。
因果と責任の描き方
原因と責任の所在については、全ての報道が「ホワイトハウス」あるいは「トランプ政権」を指し示している点で一致している。チリのLa Terceraは「米ホワイトハウス(トランプ政権)による、楽曲の不適切な使用」と記述し、イタリアのLa Repubblicaも「トランプ政権による、アーティストの許可を得ない不適切な動画制作」として、責任を政権に帰している[2][7]。しかし、因果関係の詳細な描き方には差異が見られた。インドのLivemintは、単に無断使用があったというだけでなく、政権が「楽曲の歌詞と爆発の映像を意図的に同期させて使用した」点を因果の連鎖として強調し、行為の作為性を浮かび上がらせた[6]。米国のThe Hillも、楽曲使用が意図的であったことを前提に、これが政権による一連の「許可なき使用」のパターンの一部であると位置づけ、ケシャの楽曲「Blow」が同様に使用された過去の事例を挙げて構造的な問題として描いている[10]。
道徳的評価と引用元の違い
道徳的評価の基調は「楽曲の理念に対する違反」というペリー自身の言葉に依拠している。グアテマラのPrensa Libreは、ペリーの声明をほぼ全文引用し、「自己肯定と向上心のメッセージが破壊と暴力のサウンドトラックとして手段化されている」という彼女の評価を中心に据えた[5]。チリのLa Terceraは、ペリーの発言に加えて、過去に同様の抗議をしたアリアナ・グランデの「野蛮で非人道的でおぞましい無意味な行為」という強い道徳的非難の言葉を併記し、引用の厚みを持たせている[2]。米国のThe Hillは、ペリーとトランプ大統領自身の発言を並置している。記事はホワイトハウスTikTokアカウント開設時のトランプ氏の言葉「私は皆さんの声です」を引用し、政権が自らを「声」と位置づける一方で、実際にはアーティストの声を無視している矛盾を浮かび上がらせる構成をとっている[10]。また、チリのLa Terceraでは記事の末尾で購読を促す商業的メッセージが付加されており、公的機関による著作権侵害という深刻なテーマを報じる報道機関自体が、コンテンツの対価を読者に求めるという重層的な構図も垣間見える[2]。
欠けている視点
一連の報道から一貫して抜け落ちているのは、ホワイトハウス側の公式な見解である。グアテマラ、デンマーク、ノルウェーの分析フレームが指摘するように、「ホワイトハウス側がなぜこの楽曲を使用したのか、という使用側の意図や正当性に関する視点」は、7月25日の時点でいずれの記事からも確認できない[4][5][9]。楽曲が偶然選ばれたのか、特定の意図を持って選定されたのか、使用にあたりどのような法的・倫理的判断が社内でなされたのかという情報は完全に空白である。米国のThe HillはホワイトハウスTikTokアカウントの開設経緯やトランプ大統領の過去の発言を詳細に報じたが、今回の動画制作の決定プロセスや責任の所在については触れていない[10]。この不在は、報道がアーティスト側の抗議を伝える「反応の報道」に終始し、権力側の行動原理を検証するウォッチドッグ機能を十全に果たし得ていない現状を示唆する。6月にアリアナ・グランデが抗議した際も、政権側の説明が報じられた形跡はなく、情報の非対称性が常態化している可能性がある[2][8]。