リード
2026年7月5日、アルゼンチンでは季節の移ろいとともに、人々の意識が「過去」へと向いている。雨が降れば、伝統的な揚げ菓子を囲んで家族が集まり、かつて家庭を彩った古い道具や、失われつつある街の音に思いを馳せる。社会のデジタル化が進む一方で、人々は自分たちのルーツを形作った断片を、懐かしさとともに、あるいは失われたものへの切なさと共に見つめている。今、この国で流れているのは、単なるノスタルジーではない。それは、急速に変化する現代において、自分たちが何者であるかを確認しようとする、静かな文化的営みなのだ。
雨が降れば、揚げ菓子「トルタス・フリタス」を囲む習慣
アルゼンチンの家庭で、雨の音を聞きながら交わされる決まり文句がある。「雨が降った、トルタス・フリタス(揚げ菓子)を食べよう」という言葉だ[3]。この習慣は、1800年代の植民地時代まで遡ると言われている[3]。かつては、雨が降るとより清らかな水が手に入ると信じられていたため、その水を活用して手軽に作れるこの菓子が親しまれてきたという説がある[3]。材料は、小麦粉、脂肪(またはバター)、水、塩、そして揚げるための油や牛脂、仕上げの砂糖だけという、極めてシンプルなものだ[3]。現在では、既製品のパスタが普及している一方で、こうした手作りの伝統は、家庭の味として、あるいは雨の日の特別な儀式として、今も人々の生活に深く根付いている[3]。
失われゆく「口笛のタンゴ」とアーティストの変遷
ブエノスアイレスの街角で、タンゴを口笛で奏でる光景は、今や「エキゾチックな習慣」になりつつある[1]。かつては当たり前だったその音色は、現代ではどこで見られるのかという問いが、文化的な関心を集めている[1]。音楽シーンでは、アーティストのダニエル・メリンゴが、自身の音楽活動を通じて、伝統的な形態から、より前衛的なキャラクターへと変貌を遂げてきた歩みが注目されている[1]。メリンゴは、かつては「コンセプチュアルなツイスト」を奏でていたが、現在は「リニエラ(浮浪者)」というキャラクターを演じるなど、パロディを超えた芸術の領域へと踏み込んでいる[1]。伝統的なタンゴの形式が変化していく中で、人々は失われゆく街の音色と、進化し続けるアーティストの姿を、同じ街の風景として見つめている[1]。
70年代・80年代のミドルクラスを彩った記憶の断片
1970年代から80年代にかけて、アルゼンチンのミドルクラスの家庭で生活していた世代にとって、特定の物体は単なる道具ではなく、記憶のスイッチとなっている[2]。例えば、電話番号を調べるために必要だった、分厚く重い「電話帳(Páginas blancas/Páginas amarillas)」や、10から30巻にも及ぶ百科事典のセットがそれだ[2]。また、家庭で手作りパスタを作る際に欠かせなかった、金属と木で作られた「ラビオリ切り器」も、デジタル化が進む前の時代を象徴するアイコンとして、SNS上で世代間の対話を引き出している[2]。デジタル化によって利便性は向上したが、それと引き換えに失われた「物理的な重み」を持つ道具たちは、今や人々を「より良かった過去」へと誘う装置となっている[2]。
日本から見ると
アルゼンチンのニュースを眺めていると、日本人が感じる「季節の行事」や「昭和のレトロ文化」への愛着と、驚くほど似た感覚があることに気づかされる。雨が降ったから特定の食べ物を食べるという、論理を超えた「儀式」のような習慣や、デジタル化によって消えたアナログな道具への郷愁は、共通の人間的な情緒だ。一方で、伝統的な音楽が「エキゾチックなもの」へと変容していく過程や、野生動物の保護のためにぬいぐるみを活用するような、生活に密着した切実なケアのあり方は、日本のニュースとはまた異なる、現地の生活者の「手触り」を感じさせてくれる。