リード
米紙ワシントン・ポストが8月10日に報じたトランプ米大統領の極秘脱出作戦について、南米各国のメディアは全く異なる視点から報じている[1][3][4]。トランプ氏が7月8日、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が行われたトルコのアンカラから離陸する際、イランからの暗殺計画に関する情報を受け、記者12名が乗る大統領専用機をおとりにして別の小型機でイギリスへ移動していたことが明らかになった[1][3][4]。アルゼンチンのインフォバエやペルーのエエル・コメルシオが暗殺の脅威に対する厳重な正当防衛措置として詳細な手順を伝えた一方、ウルグアイのエル・パイスやコロンビアのエル・ティエンポは記者らを無断でリスクに晒した米政府の倫理的説明責任を問い詰めている[1][2][3][4]。
各国が一致する事実
各国メディアの報道によると、トランプ氏は7月8日、トルコの首都アンカラで開催されたNATO首脳会議を終えて離陸する際、イランによる暗殺計画に関する情報を入手していた[1][3][4]。トランプ氏はトルコ到着時にカタールから贈呈され改装された赤・白・紺色のボレーイング747-8機を使用していたが、出発時にはイギリスの米軍部隊に見学させるという理由を添え、旧型である水色の大統領専用機にカメラの前で搭乗した[1][3][4]。しかし搭乗直後、トランプ氏は機内後部から空港のケータリング用トラックに密かに移され、近くに待機していた小型軍用機 Air Force C-32A に移乗した[1][3][4]。その後、トランプ氏は小型機でイギリスのロイヤルエアフォース・ミルデンホール空軍基地へ向かった[1]。一方、機体の別区画に乗っていた記者12名と一部のホワイトハウス職員は、トランプ氏が降機したことを知らされないまま旧型大統領専用機で離陸した[1][3][4]。シークレットサービスは搭乗していた記者団に対し、離陸時に窓のブラインドを下げるよう指示していた[3][4]。イギリス到着後、トランプ氏は再び水色の専用機に乗り直し、あたかもその機体で移動してきたかのように降機した[1]。
問題定義の違い
同じ出来事に対して、どの要素を「問題」として設定するかで各国のフレーミングは大きく分かれている[1][2][3][4]。ペルーのエエル・コメルシオとアルゼンチンのインフォバエは、国家元首の生命を狙うイランの暗殺計画に対し、米安全保障当局がいかに大統領を守り抜くかという問題として定義している[1][3]。両媒体の報道は、欺瞞工作を用いた極秘移動の手順や軍事的な連携に焦点を当て、イランの敵対行動に対する警戒措置として事態を切り取った[1][3]。これに対してウルグアイのエル・パイスとコロンビアのエル・ティエンポは、米政府がジャーナリストを極秘作戦のおとりとして黙って利用した政府による欺瞞と報道陣の安全軽視を問題の核心に据えている[2][4]。ウルグアイ紙は、大統領警護の裏で脅威の情報を知らされないまま危険な機内に残された記者側の視点を強調し、ホワイトハウスの不透明な説明姿勢やメディアとの信頼関係の破綻を告発する枠組みで論じている[4]。
因果と責任の描き方
作戦が実行された原因と、それに伴う結果の責任の所在についても描かれ方が異なっている[1][2][3][4]。ペルーとアルゼンチンの報道では、事態の根底にある原因をイラン側の暗殺計画という外部からの直接的な脅威に求めている[1][3]。この枠組みにおいて、トランプ氏やシークレットサービスが取った秘密裡の乗り換え行動は、イランの攻撃を回避するための不可避な結果であり、責任は偏に攻撃を企てたイラン側にあるという論法を展開している[1][3]。一方でコロンビアとウルグアイの報道は、作戦の原因をイランの潜在的脅威と認めつつも、その対応として過剰かつ不当な回避策を選択した米政府およびシークレットサービスの判断に責任があると描いている[2][4]。とりわけウルグアイの報道は、イランとの緊張関係の中で大統領のみを密かに退避させ、記者団に暗殺リスクを負わせた決定を重くみている[4]。攻撃の対象となり得る大統領専用機に身元を明かさないまま民間人を乗せて飛ばしたという事実に対し、責任は作戦を立案・実行した米側の警護当局にあると帰結させている[2][4]。
道徳的評価と引用元の違い
道徳的評価と、それを裏付ける情報源の選択には、各国の姿勢が顕著に表れている[1][3][4]。アルゼンチンのインフォバエは、ホワイトハウスのスティーブン・チャン広報部長による「アメリカには大統領を狙う多くの敵が存在しており、あらゆる手段を講じる」という談話を引用した[1]。同紙は作戦を国家元首の安全を守るための合理的で綿密な正当防衛措置と評価し、米当局の判断を肯定的に取り上げている[1]。ペルーのメディアもまた、映画さながらの周到な安全対策だとして作戦の完成度を肯定的に評価している[3]。対照的にウルグアイのエル・パイスは、実際に搭乗していた記者団や報道機関の声を大きく取り上げた[4]。同紙は、知らぬ間におとりにされた記者たちの強い憤りや、政府による欺瞞とコミュニケーション不足という批判的な評価を伝えている[4]。また米政府高官(出典はワシントン・ポストへの証言として実名を明らかにしていない)の「信頼できる脅威が存在した」という証言や、戦闘地域外では極めて異例とされるシークレットサービスからの指示を引用し、米側の判断における倫理的な問題点を提示している[4]。
欠けている視点
今回の一連の報道においては、どの国のメディアにおいても共通して抜け落ちている観点が存在する[1][2][3][4]。まず第一に、暗殺計画の当事者として名指しされたイラン側の主張や反論が一切取り上げられていない[1][2][3][4]。米国側の主張するイランによる暗殺の脅威がどのような証拠に基づいているのか、またイラン政府がこの容疑や米側の秘密作戦に対してどのような見解を持っているのかについての言及は皆無である[1][2][3][4]。第二に、大統領警護における民間人および報道陣の安全確保に関する法的な基準や、警護プロトコルの専門的な検証が欠如している[2][4]。大統領を脅威から遠ざけるために同行記者団をリスクの残る機内に残す行為が、米国の法律や警護機関の規範上どのように位置づけられるのかについての掘り下げはない[2][4]。さらに、米側が主張する暗殺脅威の信頼性そのものを客観的に検証する第三者的な視点も不十分であり、各紙とも米紙ワシントン・ポストの報道やホワイトハウス関係者の証言をそのまま踏襲するにとどまっている[1][2][3][4]。次は、今回の事態を受けた米政権と主要報道機関との間の警護プロトコル見直しに向けた協議の動向が焦点となる。