リード
2026年FIFAワールドカップ決勝でスペイン代表がアルゼンチン代表を破った翌日、スペインの歌手ロザリアは元アダルト女優ミア・ハリファによる「La Perla」の歌詞を引用したアルゼンチン批判動画をInstagramでリポストした[3][8]。アルゼンチンのファンから猛反発を受け、ロザリアは直後に投稿を削除し「Mala mía(私のミス)」とSNS上で謝罪したが、一部のファンは怒りを収めずコンサートチケットの払い戻しや、ロザリアへのオマージュコンサートの中止が起きた[3][6]。この騒動の渦中で迎えた8月1日のLUX Tourブエノスアイレス公演初日、ロザリアはステージ上から「Tremenda cagada(大失敗)」と自らの過ちを認め、改めて謝罪した[1][2][4]。会場のMovistar Arenaを埋めた約1万5千人の観客は彼女の謝罪を歓声と拍手で受け入れ、アルゼンチンの主要メディアは「和解の夜」と報じた[4][5][6][7]。
何が起きたか
騒動の発端は、7月のワールドカップ決勝直後にさかのぼる。米国ニューヨーク在住のミア・ハリファが、ロザリアの楽曲「La Perla」を流しながら「これが『真珠』たちが打ち負かされた後の世界の響きよ」と語りかけるTikTok動画を投稿した[3][8]。ロザリアはこの動画をInstagram Storiesでリポストしたが、その行為はアルゼンチンのファンから同国代表への嘲笑と受け取られた[3][5]。批判を受け、ロザリアは7月下旬にSNS上で「内容を読まずにリポストした。私のミス」と謝罪し投稿を削除した[6]。しかし一部のファンはこれを受け入れず、チケット払い戻しの呼びかけや、アルゼンチン国内で予定されていたロザリアへのトリビュート(オマージュ)コンサートの中止が起きた[6][1]。こうした経緯を経て迎えた8月1日、午後9時5分に始まったLUX Tour初日公演でロザリアは「Sexo, violencia y llantas」を歌い始める前に直接マイクを握った[2][7]。「あの日は何て騒ぎになったんだろう。深く考えずにスクロールしていて、すぐにリポストを押してしまった。大失敗で、大きな間違いだった。全く意図はなかった」と声を詰まらせながら述べた[1][2][4][6]。ロザリアは2019年にLollapaloozaで初めてアルゼンチンを訪れた際の思い出を語り、「君たちが歌うのを聞いて『成功した』と感じた。海外で初めてその感覚を味わった場所だ」と振り返り、「この国への愛は初日から変わっていない」と伝えた[1][2][4][8]。公演後半で歌われた「Reliquia」の歌詞「El cielo nació en Buenos Aires(天国はブエノスアイレスに生まれた)」にはひときわ大きな歓声が上がった[2]。
背景と文脈
ロザリアにとってアルゼンチンは国際的キャリアの起点となった地である。2019年3月、弱冠25歳でLollapalooza Argentinaに出演したロザリアは、同フェスで「Pienso en tu mirá」を披露し、初めて海外の大観衆から大合唱を受け「You made it(成功した)」と感じたと後に語っている[1][2][10]。以降、アルゼンチンはロザリアにとって最も熱心なファン層を抱える市場の一つであり、今回のLUX Tourも8月1日、2日、4日、5日の4公演がMovistar Arenaで予定されていた[2][6]。ミア・ハリファがリポストに用いた「La Perla」は、ロザリアのアルバム『Motomami』の派生作品である『LUX』に収録された楽曲で、スペイン語で「真珠」を意味し、偽りの美徳や偽善者を揶揄する隠喩として使われる[3]。ハリファの投稿は、アルゼンチン代表をその「真珠」になぞらえて嘲笑する内容であり、ロザリア自身の楽曲が攻撃の道具として利用されたことで事態は一層複雑化した[3][8]。結果として、アーティスト本人の意図とは無関係に、彼女のクリエイティブな作品が政治的・スポーツ的な対立構図に巻き込まれるかたちとなった。
各国はどう報じたか
アルゼンチンのメディアはファンの「許容」を基調に据えた。『La Nación』紙は、公演初日の観客として取材に応じた24歳の建築家ルシア・ディアスの「投稿はそれほど深刻だとは思わなかった」という声を伝え、チケット払い戻しの動きがあったにもかかわらず会場が満員だった点を強調した[3][1]。『Clarín』紙は「目が腫れ、まるでステージに出る前に泣き出したかのようだった」とロザリアの動揺ぶりを描き、彼女の脆弱な人間性を読者に印象づける演出をとった[2]。スペインの『El Mundo』紙は、ロザリアの謝罪を「誠実な反省」と評価し、ブエノスアイレスの聴衆が彼女を寛大に受け入れた事実を好感をもって報じた[6]。同紙は、騒動の背景にあったミア・ハリファの投稿内容の過激さにはあまり紙幅を割かず、アーティストとファンの和解劇としてまとめた[6]。チリの『La Tercera』紙とペルーの『El Comercio』紙はいずれも約1万5千人の観客が謝罪を拍手で受け入れた場面を中心に据え、ロザリアの意図は単なる「不注意」であったとする彼女自身の説明をそのまま伝えた[4][5][7]。ウルグアイの『El País』紙も同様の構成で、「Los quiero muchísimo(あなたたちを心から愛している)」というロザリアの言葉を引用し、彼女が過去にアルゼンチンから受けた恩義を強調する誠実な姿勢を描いた[8]。
日本にとっての含意
今回の事例は、国境を越えてファンを抱えるアーティストのSNSリスク管理の困難さを示すものだ。ロザリアは日本でも熱心なファン層を持ち、これまでもフジロックフェスティバルや単独公演を成功させてきた。海外アーティストのSNS投稿が特定の国のファン感情を損ね、それがチケット売上や興行の実施そのものに影響し得ることは、日本のプロモーターや招聘企業にとっても現実的なリスクといえる。また、音楽ビジネスにおけるファンとの「信頼の蓄積」の具体的な機能が浮き彫りになった。アルゼンチンでチケット払い戻し運動が限定的な範囲にとどまった背景には、ロザリアが2019年から積み上げてきた現地でのライブ実績と「恩義」の語りがあった[1][10]。日本のエンターテインメント産業で働く者にとって、アーティストと市場の長期的な関係構築が危機時の緩衝材として機能するという教訓がここに読み取れる。加えて、SNS上での謝罪が不十分と見なされ、物理的な場での直接の対話と謝罪が改めて求められたことは、オンライン完結型のファンコミュニケーションの限界を示している。
今後の注目点
ロザリアのブエノスアイレス公演は8月2日、4日、5日と残り3日間が予定されている[2]。初日の謝罪と歓迎が、残りの公演にどのような影響を与えるかが当面の焦点だ。チケット払い戻しが初日以降も続くのか、あるいは収束に向かうのかは、ロザリアのLATAM市場全体におけるブランド価値の維持に直結する。初日公演でファンが謝罪を受け入れたことは、残りの公演のチケット需要を下支えする可能性が高く、地元メディアが伝えた観客の反応からは、騒動が早期に沈静化する兆しがうかがえる。より長期的な論点としては、アーティストが意図しない形で政治やスポーツの文脈に巻き込まれるケースが増えていることへの対策が挙げられる。ロザリアは今回、ミア・ハリファという第三者のコンテンツを媒介にして火傷を負った形だが、今後各国のツアーで同様の事態を防ぐために、所属レーベルやマネジメントがSNS運用に関するガードレールをどう強化するかが問われる。具体的には、投稿前に内容を確認する社内プロセスの厳格化や、SNSアカウントの運用を専門チームに委託するといった対応が検討されるだろう。また、今回の騒動は、特定の国や地域のファンとの長期的な関係構築が、危機時の緩衝材として機能することを改めて示した。ロザリアが2019年からアルゼンチンで築いてきた実績と、それをステージ上で自ら語ったことが、ファンの許容を引き出す鍵となった。この教訓は、他のアーティストやプロモーターにとっても重要な示唆となる。