リード
ヨルダン川西岸地区の村アル=ムガイルで7月11日に発生したイスラエル人入植者による襲撃の際、イスラエル軍に銃撃されて負傷していた17歳のパレスチナ人サッカー選手、ファディ・ハムダッラー・アル=ナッサン氏が、7月18日に死亡した[1][2]。パレスチナサッカー協会はイスラエル軍による銃撃を非難しており、遺族や地元住民の間で悲しみが広がっている[1][2]。ガザ戦争の開始以降、西岸地区では入植者による暴力とイスラエル軍の軍事行動が急増しており、今回の事件は同地区における治安悪化と人道危機の深刻さを改めて示している[1][4]。
何が起きたか
パレスチナのユース代表チームおよびアル=ムガイル・クラブに所属する17歳のサッカー選手、ファディ・ハムダッラー・アル=ナッサン氏は、7月11日にヨルダン川西岸地区のアル=ムガイル村が入植者に襲撃された際、太ももを撃たれて負傷した[1][2]。アル=ナッサン氏はイスラエル軍が放った爆発弾(expanding bullet)によって負傷し、その傷のために木曜日に脚を切断する手術を受けたが、7月18日土曜日に搬送先のラマラにあるパレスチナ医療コンプレックスで死亡が確認された[1][2][5][6]。パレスチナサッカー協会は、入植者が村を襲撃している最中にイスラエル軍がアル=ナッサン氏を銃撃したと告発している[1][2]。この襲撃の際、イスラエル軍のゴム弾によって他の住民2人が負傷したほか、10歳の少年がスタングレネード(音響弾)を頭部に受けて負傷した[1][2][7]。7月18日、アル=ナッサン氏の遺体はラマラから遺族の待つ村へと運ばれ、黒い服に身を包んだ数十人の会葬者によって葬儀が執り行われた[1][2]。イスラエル軍は、この件に関するメディアからのコメント要請に対して即座に回答を示さなかった[1][2]。
背景と文脈
今回の事件の背景には、2023年10月のガザ戦争開始以降、ヨルダン川西岸地区で急激に激化しているイスラエル人入植者による暴力行為がある[1][4]。国連の報告によると、ガザでの戦闘が始まって以来、西岸地区における入植者主導の暴力事件は大幅に増加している[1][4]。パレスチナ保健省のデータに基づくAFP通信の集計では、2023年10月以降、西岸地区でイスラエル軍または入植者によって殺害されたパレスチナ人は、戦闘員と民間人を合わせて少なくとも1,088人に達している[1]。一方で、イスラエル側の公式統計によると、同期間にパレスチナ側の攻撃やイスラエル軍の作戦行動によって死亡したイスラエル人は、兵士と民間人を合わせて少なくとも46人となっている[1]。さらに、イスラエル政府の右派閣僚であるベザレル・スモトリッチ財務相は、イスラエル安全保障閣僚会議が西岸地区における34の新たな入植地建設に向けて4億3400万ドルの予算を承認したことを明らかにした[4]。こうしたイスラエル政府による入植活動への財政的・政治的支援が、現地での対立と暴力をさらに助長する要因となっている[4]。
各国はどう報じたか
アイルランド、イスラエル、ナイジェリア、パキスタンの各メディアは、将来有望な若きスポーツ選手の死をめぐり、パレスチナ側の悲痛な訴えを中心に報じている[1][2][3][4]。アイルランドの「rte.ie」は、ガザ戦争開始以降に西岸地区で死者数が急増している国連やパレスチナ保健省のデータを詳細に伝え、暴力の連鎖がもたらす人道的な悲劇を強調した[1]。パキスタンの「dawn.com」は、イスラエル governmentが西岸地区での新規入植地建設に巨額の予算を承認した事実を併せて報じ、イスラエルの入植政策が暴力の背景にあることを明確に位置づけている[4]。イスラエルの「timesofisrael.com」やナイジェリアの「vanguardngr.com」を含む各紙は、アル=ナッサン氏の遺族の声を詳しく伝えた[2][3]。父親のハムダラ・アル=ナッサン氏は「息子はサッカーを愛していた。入植者が襲撃してきた際、女性や女の子たちの悲鳴を聞いて現場に向かい、殺された」と語り、母親のハナン・アル=ナッサン氏は「息子は学業もスポーツも優秀で、みんなに愛されていた。神が彼を殉教者として受け入れてくれますように」と訴えている[1][2][3]。いずれの報道も、治安維持を主張するイスラエル軍側の具体的な反論やコメントが得られていない現状を伝えている[1][2][3][4]。